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悪役転生だけどどうしてこうなった。  作者: 関村イムヤ
幕間

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カルディアの春の芽吹き・9

 雪蛇の食感はとろりとしていて独特だ。無理矢理喩えるなら、鮭の身と皮の間にある灰色の層に近いだろうか。臭いは殆ど無く、味はもっと淡白だ。……いや、実際に鮭を食べた事は無いのだが。


「んん、おいしいぃ……」


 思わず、といった様子で汁を啜ったメフリがほわほわと呟いた。

 早速味替えに摘んできたハーブを入れている。柑橘系のような香りとさっぱりとした酸味があるハーブだ。いいな。少し分けて貰おうか……。


 椀を手に持ったまま困ったように私とメフリに視線を行き来させていたヴァニタは、メフリの言葉に意を決したように汁へと口を付けた。


「!!……お、おいしい……」


 そんなに呆然と呟かなくともよくないか。美味しくなければわざわざ買い取って調理などするものか。

 雪蛇は美味いのだ。下手に調理したうさぎ肉などよりも余程美味しく食べられる優秀な食材なのである。まあ、蛇食があまり一般的ではないのは確かだが。


「メフリ、ハーブを貰っても良いか」


 メフリからハーブを分けて貰う。それを見ていたヴァニタにも、メフリは躊躇いがちにハーブを差し出した。

 わざわざ汁物にしたのはヴァニタに蛇の美味さを伝える意図があったからだ。ハーブ入りの味も試して貰わねば意味がないと思ったのだろう。


「あ、ありがとう」


 受け取ったヴァニタは、迷うようにハーブとメフリの間に数度視線を往復させた。そうして、意を決したようにメフリに話し掛ける。


「……なあ、メフリの育ったところ、蛇、食べていた?いつも?」


 会話の糸口を探すかのようなヴァニタの質問に、メフリは一瞬狼狽え、そして縋るような視線を私に向けた。

 いや、そんな目で見られても困る。私だってメフリがどこから来たのかは分かっていない。


 メフリがどんなところで育ったのかは、メフリにさえ把握できていなかった。浅黒い肌の色をした彼女が本当にリンダール人なのかさえ不明だ。

 此処へ連れてきた当初、メフリにはこれまでどんな生活を送ってきたのかは一通り聞いてある。しかし、それでも細かい事は知らない。

 知り得たことは、彼女が工作員になるべくして魔法の使い方を学び、森や山を通って逃げる術を叩き込まれていた、という程度の事だ。


 ヴァニタの質問には自分で答えろ、と肩を竦めると、メフリは観念したかのように、ぽつぽつとヴァニタに返事をし始めた。


「他の人が食べてたかは、しらない。でも、私はいつもお腹がすいてて……蛇は一番簡単に取れるお肉だったから」


 うさぎや鳥などに比べると、確かに蛇は見つけさえすれば捕らえるのは簡単な事だ。私も同じ理由から蛇をよく探していた。


「最近は他のお肉とか、食べるようになったけど……蛇の方が美味しいと思うこと、ある」


「……そっか」


 気まずそうにヴァニタは頷く。まあ、確かに、メフリの過去はあまり軽い気持ちで聞いていいものではない。


「ヴァニタは?」


「え?」


「ヴァニタは、どんなものを食べてたの」


 気になる問いかけだった。今度はヴァニタが一瞬たじろいだ。それはメフリから問い返されるとは思っていなかったという驚きで、というには少々大げさであった。


 有耶無耶になってしまっているが、ヴァニタにはまだ、私に隠している事がある。

 タイミングを逃してしまったため改めて問いただしてはいないが、彼が今もあまり自分の事を話そうとしないのはそのためだろうか。


「お、俺は……、その、マナーの勉強とか、料理の種類、覚えるために……」


 言い淀むヴァニタに、ああ、それなりに豪華な食事をしていたのかと納得する。

 いつもお腹が空いていた、と告白した直後のメフリには、酷く伝え難い事だろう。

 気不味げな沈黙が落ちかける。

 ……折角の雪蛇が美味しくなく感じる雰囲気だ。


「今後は逆になるかもしれないな」


 仕方がないので、口を挟んだ。え?と揃って首を傾げる二人に軽く説明する。


「お前たちが今後どのように過ごしていくのか、まだ考えあぐねているが、このまま領主の館の人員として迎え入れる可能性が高い。特にメフリ、お前はな。迎え入れるからには、役に立って貰う為に必要な訓練を受けさせるだろう。既に狩りの知識と経験があるメフリには教養を学んで貰うかもしれない。それとは逆に、何かのためにヴァニタには領軍の訓練を受けてもらうかもしれない」


 ヴァニタとメフリは、おずおずとお互いを気まずそうに見合う。そうして、すぐに手の中の椀に視線を落とした。


 ……まあ、こんなところか。

 どちらも手元に置いたままにする可能性が高いとはいえ、流石にメフリとヴァニタ達元奴隷の子供達を一緒くたにするつもりは無い。

 けれど同じ場所で生活する以上、流石に互いに怯え続けるような状況を放っておく事は出来ない。


 元々、全くバラバラの場所から寄せ集められた子供達だ。だからこそ、メフリとヴァニタ達の間の感情は複雑だった。

 自分が殺されるかもしれなかったという恐怖はあっても、憎しみや恨みは無い。

 あの状況下で、メフリが彼等を元いた場所へ連れて行こうとしていたのは確かだった。あの時点では、ヴァニタはともかく他の子供達はアークシアへの信頼など無く、故に牢から脱出させてくれたメフリに自主的についていったという子も多い。

 全てがメフリへの恐怖で動かされていた訳ではないのだ。


 何事も無かったかのように馴れ合えなどと言うつもりは無い。

 ただ必要最低限のコミュニケーションさえ取ってくれれば良いのだ。


 取り敢えず、ヴァニタ個人とメフリに関しては、その最低ラインは一応達成出来たとみて良いだろう。今は気まずい沈黙がその間に横たわっていたとしてもだ。それが今後どうなるのかは、二人の問題だ。

 雪解けの後には川が流れる。その川が谷になるのか、或いは肥沃を齎すのかは、私には分からない事なのである。


 ……何だかこの春は誰かと誰かの間の事に関わってばかりだな。

 まさか私がこうも仲人の真似事を立て続けにするような立場になるとは。

 毎日のように蛇を探していたあの頃は、考えもしなかった。

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