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悪役転生だけどどうしてこうなった。  作者: 関村イムヤ
幕間

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カルディアの春の芽吹き・6

 テレジア伯爵への手紙を任せ終えた私は、執務室へと戻ってギュンターの婚姻届を抽斗の中から取り出した。

 字の書ける者が限られているため、届け出の書面を書くのは当事者達ではなく、村長や名手といった各村の代表である。ギュンターの生家は既に無く、彼はどこの村の住民でもない事になっているので、必然的にこの届け出は妻となる側の人間の村から出されている。

 書面の最後にネザの村の村長の名が記されているのを確認した私は、早速村を訪れてみる事にした。いつまでも婚姻届を保留にしておく訳にもいかないので。


 ついでに暇そうにしているメフリを連れて行こうかと思い立ち、彼女が居る筈の部屋を訪れる、と。


「メフリ。洗濯物、届けに来た…………あ、エリザ様」


 ぎこちないアークシア語でそう声を掛けながらメフリの部屋の戸を叩いたヴァニタにばったり遭遇した。

 どうやらメイドの手伝いをしているらしい。まだ特に何をしろと頼んでいないのに、自主的にやってくれているようだ。


「ヴァニタ?」


 彼はほんの一瞬、バツが悪そうに顔を歪めると、私に扉の前を譲るように数歩後退った。

 メフリは特にヴァニタを避けている。正直に言うとヴァニタの方もメフリに会おうと考えているとは思っていなかったが、どうやらそうでも無いらしい。


「……メフリ、私だ。開けるぞ」


 ノックをして声を掛けるが、ヴァニタが居るからか返事は無い。気にせずに扉を開けると、メフリは開いている窓際の壁に背を預け、息を殺してひたりとこちらを見据えていた。

 一応武器になりそうなものは手にしていないので、無理矢理ヴァニタが部屋に押し入っていたとしても逃げに徹する気でいたようだ。乱闘騒ぎを起こすつもりは無いのだろう。


「ヴァニタが洗濯物を届けに来てくれたようだが」


「……部屋の前に置いておいて。ヴァニタだって、私に会いたくないでしょ」


 張り詰めた顔で返事をするメフリに、私は頭が重たく感じた。

 被害者が歩み寄ろうとしているのに、加害者がそれを拒絶してどうする。


「メフリ、部屋から出て自分の洗濯物をヴァニタから受け取れ」


 溜息を堪えてはっきりとそう命じると、メフリは表情を凍り付かせ、のろのろとした動きで壁から離れた。

 そうして所在無さげに部屋の前に立っているヴァニタから、怖々と洗濯物を受け取る。


 ……あれは、接触を避けているのか。ヴァニタが避けるのであればともかく、メフリが避けてどうする。

 彼女の魔法は時間を置けば置くほど解けていってしまうものだという。日々の生活での些細な接触程度では、相手を爆弾化させる事は不可能な筈だ。

 加害者側のメフリが極端に怯えている様子を、ヴァニタは何とも言えない表情で観察していた。


 心中でのみ溜息を吐いて、さてこの状況をどうするかと考える。

 メフリもヴァニタ達も、これから数年間はこの館で生活を共にする事となる。生活に慣れ次第何かしら仕事を任せたり、教育を受けさせるつもりでいるので、いつまでも顔を合わせず接触を避けて暮らしていく事など出来ない。


 ……よし。多少強引だが、状況を変えるしかないか。


「ヴァニタ。この後何か用事はあるのか?」


「え?いや、無い、です」


 唐突な質問に、ヴァニタはたどたどしく答える。


「なら出掛ける支度を。メフリもだ。ネザ村へ行く私の供をしろ」


 二人からそれぞれ視線が突き刺さるのを無視して壁に寄りかかり、準備を無言で促すと、二人は渋々といった様子で私の言葉に従った。




 領主の館が領地中央に移動して以来、人の往来が多くなったネザ村は少しばかり活気のある様子を見せている。ここ数年で街道と村の間にあった林を切り開いたらしく、街道を通る商人が良く寄るようになったようだ。


「り、領主様。この村に何か問題がありましたでしょうか?」


「少し確認したい事があって訪ねただけだ。私用に近い用件なので、そう深刻にならなくていい」


 ヴァニタとメフリが乗馬が出来ないため、狼竜の背に乗ってきた私達はすぐに注目を集める事になった。慌てて畑から飛び出して来た村長を宥める。

 怯えた様子は七年近く掛かって漸く払拭されてきてはいたが、未だに警戒にも似た卑下するような態度は残ったままだ。恐らく、これは一生消えないものだろう。彼らが死に、私が死に、カルディア家が作り出した地獄の記憶が遠く忘れ去られるまで、癒えることの無い傷なのだ。


「私用……ですか?」


「ああ。実は……こちらの村から提出された婚姻届に少し疑問点があってな」


 村長の家に通されながら、用向を軽く説明する。困惑した表情を浮かべた村長は、書類に不備がありましたかと肩をぎゅっと小さく竦ませた。


「いや、ナジェ・テークという娘と領軍の兵士であるギュンター・パヴェルの婚姻届についてなのだが……」


「ああ!ナジェの婚姻届の事ならよく覚えていますよ。ほら、ナジェは……覚えておりませんか。まだ領主様がこんなに小さかった頃、領内に隣国から盗賊団が侵入して……。その時に拐かされた娘の片方なのです」


「七年前の?」


「そう、それです。あれ以降、二人とも男にどうしようもなく恐怖心を抱くようになってしまったようでして……ですが漸くナジェの心の傷が癒えたのかと、あの婚姻届を書く時には随分嬉しい思いでした」


 村長は語った言葉の通りに心からの微笑みを浮かべた。


 ……なるほど。七年前、西アルフェナ教会の工作員であるデイフェリアスがまだ国内で潜伏していた頃。隣国から侵入してきた盗賊団に偽装した工作兵によって誘拐され、傷つけられた若い女性二人の事は、名は知らずとも覚えてはいる。

 そのうちの一人がギュンターの結婚相手になろうとは……。

 確かにあれ以降、領軍の兵達には領内の村を頻繁に巡回させるようになっていたので、有り得なくはない話である。ギュンターは個人的にも領内の村々をよく訪ねて回っているようであるし。


「しかし、あの届け出はそのような経緯から、とくに注意深く記入をしたと思うのですが……」


「記入の誤りがあった訳ではないのだ。ただ、領軍の兵士達はギュンターが結婚する話など聞いていないと言うのでな。それで一応確認をしに来たという訳なのだが……。花嫁の事を考えて、ギュンター本人が伏せていた可能性があるな」


「そうですね……ギュンターさんはよく村を訪ねてくれはしますが、確かに特別ナジェと仲睦まじくしているというような印象はありませんね」


 村長はそのおかしさに気づいたらしく、おや?と小首を傾げた。

 結婚の届を出すような男女が、身近で生活している人々にすらその仲を悟られないというのは、あまりにも不自然なのだ。普通ならパウロのように筒抜けになるものである。

 ……この辺の感覚は、カルディア領のような田舎村特有のものではあるが。


「一応、ナジェ本人に話を聞いてみましょうか?」


 村長のおずおずとした提案に、私はそうしよう、と頷いた。

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