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19 貴族院は海のよう

 精緻な金細工のシャンデリアがいくつもいくつも釣り下がる大広間は広く、ひしめき合う見るからに高級そうな机さえ退かせばそのまま舞踏会の会場として使えそうなほど。

 王宮の城が一つ、アレクトリア城の貴族院の間で、私は間抜けにも口を閉じる事すら忘れてその高い天井を見上げた。そこには宗教画を兼ねたステンドグラスの窓が銀の枠に嵌めこまれており、まだ中天に輝く日の光を取り込んで、広間へと様々な色味を落とし込んでいる。国政を執り行う為だけにあるこの城は、王族以外の出入りが最も多い事もあって、単なる会議場ですらこの煌びやかさだ。


「珍しいか」


「ええ、まあ」


 隣に立つテレジア伯爵に声を掛けられて漸く我に返る。浮かれた観光気分でいてはいけないと、慌てて気を引き締めた。


「リーテルガウ侯爵が入場された。そろそろ始まるだろう」


 伯爵が一番内側の机を顎で指す。そちらに視線を送れば、今まさに着席しようとしているリーテルガウ侯爵に、王国軍総帥であるローレンツォレル侯爵、臣籍最高位のドーヴァダイン大公、財務卿や神官長といった『宮中』の重鎮達がずらりと並んでいるのが見える。それに混じってジューナス辺境伯と、ユグフェナ城砦の管理を任されているエインシュバルク王領伯の姿もあった。

 自分でもわからないほどに緊張しているのか、握り込んだ掌がじっとりと汗で湿って滑る。今までその存在を知りつつも、どこかリアリティの無かった物事が次々とめまぐるしく現実のものとして迫り来るように感じられた。この世界で生きてもう五年の時が経つというのに、私はまだ『ここはゲームの世界』という認識が拭いきれてなかったようだ。


 会議場内はまだ開始前であることもあって、ひそやかなざわめきに包まれていた。テレジア伯爵の陰に庇われるようにして座っている私には、予想通り好奇の視線が多数向けられているものの、それはどうやら「貴族院に幼い子供がいる」というようなものが多い。誕生祝で感じたほどのあからさまに不躾な視線というのは殆ど無かった。


 やがて貴族達の動きが殆ど無くなってきた頃、中央からカランカランとベルの音が聞こえてきた。ささめきが波を引きように静まっていく。天井のステンドグラスに青が多いせいか、その様はどこか海を想起させる。

 役員が決まっているのか、一人の男が中央の席から開会を宣言し、今日の議題を二つ述べた。


「第一に、ユグフェナ王領に一時保護されている旧アルトラスの難民について、彼らをどう扱うか。第二に、シル族とデンゼル公国軍の戦線への警戒態勢についてとなります。エインシュバルク上級伯爵、現在保護されている難民についての説明をお願いします」


「──ユグフェナの国境城砦には、現在千二百人近い旧アルトラス国民のセルリオン人が保護されている。外側の平地に城砦で管理していた簡易天幕全百張りを貸し与え、備蓄から配給を行っているが、もともとユグフェナは備蓄食料が少ない。人数がそれほど増えなければ秋頃までは持つだろうが、保護された難民の話では後方からシル族の女子供も来ているそうだ。もう千人も増えれば、夏には食料庫は空になる。天幕も全く足りていない。入りきらない者達が野ざらしの中で布を被って寝ているような状況だ」


 背の高くがっしりとした体つきの、壮年のエインシュバルク王領伯の低い声はそれほど大きな声でもないのによく通り、後方に座る私の耳にもはっきりと聞こえた。


「……それほどの人数が?やはり、最初から保護などせずに放逐するべきだったのでは……」


 誰かが会議場に、ぽつりとその響きを落とす。途端にあちこちがざわめきだした。


「いいや、彼らは我らと同じ法典の神の民。見捨てる事等出来ない」


「だがそれは、神聖アール・クシャ法王国時代の話だろう!アークシアはもう、クシャ神を祀る小国連合ではないのだぞ」


「ゼルエルテルツィヴィヒアが国教をアール・クシャ教会に改宗したときには、独立候領として編入を認めたではないか」


「もう五十年以上前の話だ」


「確かに五十年前の話だが、アークシア王国は成立より六百年、法典の神の民を見捨てた事は無い」


「しかし、今デンゼルの内乱に介入するのは、後のリンダールに禍根を残すだろう」


 一気に争論になった会議場には一瞥もくれず、テレジア伯爵が分かるか、と私に小さく訊いた。言い争う貴族達をざっと眺めて、彼の言葉の意味になんとなく気づく。


「外内地の貴族と内々地の貴族の争い、ですか」


「内々地の貴族は危機感に欠けているのでな。しかし、今回リンダールについてまで危ぶんでおるのは辺境地の者でもない」


 確かに、実際に東方国との諍いが起これば真っ先に影響の出るユグフェナとジューナス、その近隣の諸領はほとんど無言を貫いている。それには私達も含まれているのだろう。


「リンダール、という言葉を出しているのは主に北方の者達ですね」


 北方と呼ばれるのは、主に北海沿いの領の者達だ。肌の青白いのが特徴的なその貴族達は、皆が渋い顔でリンダールを刺激したくはない、と口を揃えて唱えていた。


「バンディシア高原を越えずともよく、面する黒の山脈(アモン・ノール)もそれほど険しいわけではないからな。レメシュに陣を構えられれば、山越えの陸軍も船で来る海軍も一手に相手取らねばならなくなる。デンゼルに船はないが、パーミグランは南方国家との交易を船舶でおこなっておるからな」


「リンダールを警戒するのも仕方の無い事という訳ですか」


「防衛費という名の甘い汁に長年漬けられていた事もある」


 テレジア伯爵が付け加えたその一言に、成る程、と思わず頷いてしまった。これで漸く、東アークシアの貴族達の関係相が掴めて来る。


 王都を取り囲む、内内地と呼ばれる小領地の領主達は、まともな軍を保有しない事もあって、国外への危機感が薄い。彼らは元々法衣貴族が財産として内地の分割領を与えられていることもあり、金銭的に余裕があるので、難民が入れば金が動くという事くらいしか実感がない。そのうちの幾人かは寧ろ戦争でも起これば国全体が活性化するのでは、と考えているかもしれない。人の集約される王都や外国に面する辺境と異なって内地はとにかく何もかもが停滞しやすいのだ。概ね全員が難民の受け入れを主張している。


 北の海に面する辺境領とその外内地は、リンダールの成立とその影響を第一に考えている。難民の受け入れ先になる可能性も殆ど無い上、もし自領が戦地となれば長年海上防衛費として国費から出る余剰資金を全て戦へつぎ込む必要が出てくる事もあり、東方の事情への不介入を望んでいる。勿論、全員が難民拒否を唱えていた。


 今回の件の渦中となるユグフェナ王領、ジューナス辺境伯領と隣接する外内地諸領は、貴族院の裁定に従おうと沈黙している者が多い。カルディア領もそのうちの一つだ。難民の受け入れに対してメリットもデメリットも大きく、アークシア最大の防衛地ということもあって貴族院での発言も重くなりがちだそうで、無責任な事が言えないために成り行きを見守っている。


 南方に位置する諸領は別の防衛線を維持する必要があるので、最も影響が少ない。そのため、こちらは殆ど無関心に近い形で、これもまた黙したまま会議場を眺めていた。


「そもそも、ゼルエルテルツィヴィヒアの時とは根本から話が違う。難民は土地も持たねば金もない、言語も異なる。本格的に難民を受け入れると決めたところで、どの領が受け入れようというのか!」


 言い争いに白熱した貴族の一人が、苛々と声を張り上げる。一瞬の間に皆が口を噤む。テレジア伯爵を伺い見ると、彼も私を見返していて、一つ静かに頷いた。

 緊張に震える肩を抑えて、息を大きく吸う。


「もし受け入れるのであれば、我が領で可能です」


 そうして振り絞った声はそれほど大きなものではなかったが、しんと静まり返っていた会議場には十分なほどに響いた。

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