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悪役転生だけどどうしてこうなった。  作者: 関村イムヤ
終章

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207/262

55 長い長い、前日譚

 それから間もなく、冬が来た。

 十三月に入ってすぐ、最後の試験を終えると学習院は休みとなり、学生達は親の領地や街屋敷へと戻って行く。

 返された試験結果に雑にサインされた成績最優秀者という文字を誰かに見られる前にとさっさと紙ごと握り潰して、馬車を待つ間久々に二人きりになれたゼファーとのお喋りに興じる。


「カルディアは領地に戻るんだっけ?」


「ああ。領主としての仕事が溜まっているので、出来れば戻りたくないが」


「冗談だろ。真面目なカルディアの事だから、本当は溜まった仕事を早く片付けたくてたまらない筈だ」


 からからとゼファーに笑い飛ばされて、私も口元を緩めながら肩を竦めた。

 実のところ、仕事は先日寄った際に片付けた分だけで殆ど残りなどありはしない。領地に私が不在でも仕事が溜まって滞る事の無いよう何よりもこの一年心を砕いたので、それでさえ量は無かった。

 ゼファーもなんとなくそれが分かっているらしく、ただ冗談に乗っただけのようだった。


「ゼファーは?王都に居るのか?」


「僕も冬の間は領地に戻るよ。行き来するだけで長い旅路になるのは面倒だけど、ルーシウスも待っているしね。多分……ルーシウスが学習院入りする来年からは、領地には戻らなくなると思うから」


 卒業まであと二年。少なくとも二年は見られなくなる故郷を見納めてくるつもりなのか、ゼファーの目には望郷の念が薄っすらと浮かんで見える。


「……綺麗なところなんだよ、うちの領は。白の山脈(アモン・アルバス)が近いから、岩が白くて、野の花も鮮やかなんだ。僕と、ちょっと癪だけど僕の父上の一番の友人には是非訪ねて来て欲しいと思ってはいるんだけど。こうも王都から遠いと、なかなか誘いづらいというかね」


 二年は帰らないから、もしいつか案内出来たとしても学習院を卒業してからになるね。

 そう続けたゼファーに、私は出来る限りの笑顔を浮かべた。


「戦争が終わったからな。二年もすれば私の領ももう少しは落ち着くだろう。だから、いつかゆっくりしたくなった時、どこか旅行にでも行こうかと考えている。行き先は……親友の領地でも訪ねようかと」


「いいね!最高の旅行計画だと思うよ!僕もついて行っていい?」


「……構わないが、一体何ヶ月掛けてカルディア領とモードン領を往復する気なんだ、君は」


 呆れたような口ぶりで返すと、一瞬の沈黙があった。それから、殆ど同時に互いに噴き出して笑い合う。

 遠巻きにしていた生徒達がぎょっとしたような表情でこちらに視線を集中させたのが分かったが、構わずにゼファーと笑いあった。


 こんな風に冗談を言い合って笑いあえる学友が出来た事が、今でも信じられずにいる。この学習院の門を初めて通った日には全く考えもしなかった事だ。

 軽口を叩きあえるような関係の人間は限られる。私の事情の殆どを知るラトカや、幼い頃から共に居るティーラ達。

 互いに貴族という身分でありながら、もう何年も時間を共有した彼等と同じところまで滑り込んできたゼファーの存在がとても不思議に思えた。


 ……やはり、なんとなくその喋り方が似ているからなのか。


 もう声さえもはっきりと思い出せなくなりつつあるというのに、未だに彼の残滓はこの胸の奥底に積もったままであるらしい。




 隣国から大使がアークシアへと戻ったのは、ユグフェナの諸領が雪に閉ざされる直前の事であった。

 やっとリンダールとの和平条約が正式に結ばれたのだと、アークシアが最も静まり返る冬だというのに、王都は俄に活気づく程だったらしい。

 王軍の凱旋時にも散々大騒ぎしたにも拘らず、二度目の祝勝パーティの招待状が来たのには、流石に呆れのような笑いが零れた。


 アークシアがリンダールに和平の為に出した条件は多岐に渡る。

 奴隷の禁止。南方国家からの移民の禁止。軍事費の上限設定。更には南方国家との貿易に関税を設ける規定の設立。リンダール連合公国へのアークシア大使の駐在に、高額の賠償請求。その他にも膨大な数の取り決めがなされたようだった。


 どうやら『宮中』は、アークシアに比肩するほど国家規模が膨れ上がったリンダールに対してこれまで通り不干渉を貫く事は不可能であると考えたらしい。

 頭から完全に押さえつけようとする和平条件には、流石に反発が来るのではと貴族院で懸念が上がる程に厳しいものが設定された。


 それはアークシアの長い歴史の中で、異教徒の社会に対する初めての『支配』であった。


 ……王都へと戻った和平大使と共に、たった一人のリンダール人が随行した事は、恐らくテレジア伯爵でさえ今はまだ知らない情報だろう。

 和平条件のうちの一つ、リンダールからの人質としてこの国に足を踏み入れたその少女の名は、エミリア・ユーリエル・ド・ラ・リンダール。

 元リンダール王国の王女にして、現リンダール連合公国の大公女。領地を持たぬ実態無き中央政府として設定された大公家の一人娘であり──


 ──私の運命を大いに狂わせ、或いは狂った人生から逃れる切っ掛けとなった、ある記憶の中の乙女ゲームの主人公(ヒロイン)である。

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