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悪役転生だけどどうしてこうなった。  作者: 関村イムヤ
終章

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53 終戦

「カルディアー!」


 カルディア領、領主の館前。

 王軍と共に国境から引き上げてきた私に、館から呼び掛ける声が降ってくる。視線を上げると、三階の窓からこちらに向かって大きく手を振るエリックが見えた。


 彼と分かれたのはたった数日前の事の筈なのに、もう数カ月も顔を合わせていなかったような気分がする。

 手を振り返すべきかと思ったが、包帯でぐるぐる巻きにされている自分の現状をふと思い出して、控えめに片手を上げるだけに留めておく。

 代わりに私の両脇にいるラスィウォクとヴェドウォカがさっと座って遠吠えを上げる。乗っている馬がビクッと怯えるのを、私は苦笑しながら宥めた。




「只今戻りました、ドーヴァダイン男爵。お一人にしてしまい申し訳ありません」


「本当だよ!俺をここに置いてお前一人でさっさと戦場にとんぼ返りして、そんなボロボロになって帰ってくるとか!!」


 馬鹿じゃないのお前!?と飛んでくる罵声を、私は神妙な顔で受け止めるしかなかった。

 屋敷に入るなり真っ先に私の出迎えとして出て来たエリックは、喚きつつも私の周囲をぐるぐる周り短くなった髪や添え木で固定された腕などを確かめている。

 分かりやすい心配に、流石にこの戦勝ムードの中でつっけどんな態度を取る事は難し過ぎたのである。


 ちなみに、彼を此処まで送ってきた『私』に扮したラトカは、しれっとした顔で出迎えの使用人列の中に侍女姿で混じっている。戦場へと戻る振りをした後、秘密裏にエリックの護衛兼世話係として付いていてくれたようだ。


「うわっ!?カ、カル、カルディア!お前、髪が……!!」


 フードでうまく誤魔化されていた、私の肩下ほどまでの長さとなったざんばら髪に気付いたらしい。

 わなわなと震えながら私の襟足のあたりを指差す彼に、私は軽く肩を竦めるしかない。


 貴族は男女に関わらず、それなりに髪を伸ばすものだ。準成人の男性だけは一部短い者もいるが、基本的に、髪の短さは髪の美しさを満足に保つ事の出来ない貧しい平民の証として忌避される傾向にある。

 王族の男子と修道院入りした貴族だけはまた別の話になるが、まあ、私の短くなった髪は、王都へ戻れば確実に奇妙な目で見られる事だろう。


 一応襟足を括れるくらいは残ってはいるが、これまでのように高い位置で結べなくなったのは少し嫌だった。

 髪が短くなってからというもの、鏡を見るのを忌避したままでいる。

 ……あのゲームの中の『エリザ』ともうすぐ同じ歳になる。高い位置で髪を結うことで多少変化して見えていた顔立ちを、このタイミングで失ったのには精神的に少しばかり辛いものがある。


 とは言えここまで短くなると、毎朝感じていた父の面影が少しばかり遠のく。その点だけは、気分が良かった。




 それで?と腕の包帯を取り替えてくれているラトカが首を傾げる。


「……腕は手首の軟骨にヒビが入った。後は全身に打ち身と擦り傷。それから、左耳の鼓膜が破れているらしい。顔だけは何故か無傷だったから、お前に無用な傷を作らせずには済む」


 正直に申告すると、彼は深々と溜息を吐いた。


 私はちらりと彼の左手に視線をやり、逸らす。そこには三年ほど前から、手の平と甲に醜く引き攣れた跡がある。

 ……私と同じ位置の傷。普段から手袋などで傷を隠しているにも関わらず、いつの間にかその傷はそこにあった。

 ラトカが言わないので、言及はしていない。聞く必要は無いと思った。

 そうしろ、と命じた覚えは無い。にも関わらず彼が自分でその傷を刻んだのなら、私から言うべき何かは無い。


「……そりゃ、残念だな。顔に傷でも入れば流石にもうあのヒラヒラを二度と着ずに済んだかと思うと」


 傷に関してはラトカの方もあまり話題にしたくはなかったらしい。すぐに冗談めかした物言いで話題を流した彼に、私もありがたく乗る事にした。


「お前メイド達に可愛いって言われて喜んでなかったか」


「いや喜んでねーよ!」


「ああ、まあ、私とお前が成り代わる日は『いつもよりエリザ様の雰囲気がお可愛らしい』と言われてるらしいしな」


「うるさいやめろ!人が実は凄く気にしている事を言うな!」


 全力でラトカに突っ込まれ、思わず笑いが込み上げる。

 やっと胸の奥に沈んでいた重たい澱のようなものが少し流れていったような感じがする。

 生きて戻って来られたのだと──死ぬ覚悟も碌にせずに前線に立った癖に、その実感を漸く得られた。


「はぁ……。取り敢えず、傷については分かった。で、何があったんだよ、あの後。……捕虜の子供達は無事なのか?」


 一瞬和やかになった空気が、緩やかなままでありつつも冷える。

 無事なのか、と尋ねつつ、ラトカの目には何の期待も宿っていない。けれど諦めたような色もない。ただ子供達を追った私への信頼のようなものだけが見えて、私は緩く首を振った。


「四人死んだ。何があったかは──上手く説明しにくい。ラトカ、お前は三年前の事を覚えているか?」


「王都の火事か」


「ああ。あの時と同じように、人智を超えた力──魔獣のように魔法を使う人間が紛れ込んでいたんだ」


 ラトカは沈黙したまま話の先を促す。

 私はラトカと分かれ、地下通路へと向かった所から、巨鳥が襲来し、謎の白ローブの二人組に助けられたところまで、一つづつ話をし始めた。

 そうする事が出来るのを、心から誰かに──恐らくは神であるミソルアに、感謝しながら。

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