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悪役転生だけどどうしてこうなった。  作者: 関村イムヤ
第三章

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204/262

52 無花果

 ……。


 …………。


 ………………何も見えず、何も聞こえない。

 上下の感覚すら無い。自分が地面にいるのか空にいるのかも分からない。


 そんな状態から、けれど次第に感覚は戻って来て、私は自分が地べたに這い蹲っている事に気が付いた。


 苦しさに藻掻く。

 砂が大量に入り込むのも構わずに、口を開いたまま芋虫のように弱々しく土を掻くようにのたうち回る。息の仕方が分からずに、水の中でもないのに溺れたようだった。

 息を吸うより先に、肺腑の何処に残ってたのかという空気をむせるように吐き出して、そうしてやっとつかえが取れたかのように息が通った。

 確かめるように呼吸をする。肺が求めるだけ吸い込もうとしたら、肺の容量の方が足りずに忙しなく息を吸って吐いてする事になった。


 ……どうやら死んではいないらしい。

 その上五体満足でもあるようで、無様に藻掻いているとはいえ、手も足ももげてはおらず、動かすことも出来ている。

 雷には直撃はしなかったのか。眼前に落ちた稲妻によって地面が爆ぜ、その衝撃で吹き飛ばされていたようだ。


「これだから、やはり外の者に任せるのは反対だったのだ」


 何だ?

 水の中にでもいるかのように、その声はぼやけて遠く聞こえた。ともすれば聴き逃してしまいそうな、まるで普段は雑音として認識する程の遠さだ。

 呆然と視線を動かすと、すぐ傍らに誰かが立っている事に気が付いた。

 立っているのは二人。

 どちらも白いマントに身を包んでいて、その正体は分からない。


 いつの間に──?


「……どういう事かしら。どうして邪魔をするの?あなた達の望んだ通り、そこの子をもう少しで始末出来る所だったのよ?」


 苛立ちを隠せない少女の声も随分とぼやけて聞こえた。意識を集中させねば、雑踏の中の誰かの話し声のように聞き落としてしまいそうなほど、遠い。


「たかが枯れかけの雑草を始末するのに、貴重な無花果を刈り取られては困るのだよ。どれほどの損失となるか考えるだけで……まあ、悪魔に力を奪われているお前には分からぬ事だな。芽を出した無花果がどれほど希少か、などと」


「……一体、何の話なの?無花果?」


 要領を得ない話に、少女の声が一段低くなる。


「神が教えて下さる。そうでないのであれば、お前が知る必要は無いという事だ」


 奇妙に高揚したその声は、もう一人の白マントの人物が発したものだろうか。熱に浮かされているかのようなそれに、ぞわ、と全身が鳥肌立つ。


「兎も角、裏切り者の始末などもういい。その為に無花果の芽を潰すくらいならば、くれてやるが良い」


「一体何なの?そいつを殺すのがそんなにいけない事なの?」


「おお、無知とはこれほどに恐ろしいものか。お前のような、発芽すらせぬ腐った種など十集まっても発芽した無花果とは比べるべくもないものだ。ああ、もっと早くこれ(・・)があると知れていれば……」


「グアリーレ、無駄口を叩くでない。無花果が聞いている。……まあ、聞かれたところでどうなる訳でもないか」


 ゆらり、と白マントのうちの一人がしゃがみ込み、私の顔を覗き込んだ。赤い瞳、とフードの陰で呟いて、そいつはにんまりと笑う。


 唐突に、目の前で火が付けられたように感じた。ジリ、と鼻先が炙られるような熱に身を跳ねさせるが、グアリーレと呼ばれた白マントの人物の手で頭をそっと抑えつけられる。

 一体何を。何が起こっている?火など無いのに、どうして火があるように感じるのか。

 やめろ、と掠れた呻き声を上げたが、白マントの人物は答えない。ただ、更に火のような気配が強まった気がして、それから逃れられない事に意識が焦燥する。

 キンと強い耳鳴りがしだして、いよいよ異様な感覚に恐怖を感じた。


「お館様から離れろッ!!」


 殊更に遠くからそんな声が聞こえたのは、その時だった。地面についた片耳が、兵士達が駆け寄ってくる音を直に伝えてくる。

 ラスィウォクのやや弱々しい咆哮がそれに続いて轟いて、は、と息が漏れた。


「此処までか。グアリーレ、引き上げるとしよう」


「まだ顔だけしか満足には…………いや、神と師のお導きのままに」


 耳鳴りのせいで、その会話さえ聞き取るのに恐ろしい労力を注ぎ込む必要があった。

 兵士達が私の居るところまで到達するよりも早く、巨鳥がばさりと飛び立つのが未だ不明瞭な視界に映る。

 白マントの二人はそれを見送ってから、揃って一度私を見下ろした。逆光でやはりその顔は見えない。


「神に栄光あれ」


 ぞっとするほど狂気に満ちた声で二人は呟く。

 そして、唐突に──まるで私の方が何かを見間違えたかのような唐突さで──ふつり、とその姿は掻き消えた。

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