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50 怪獣大決戦とか言ってる場合じゃない

 ヴェドウォカが威嚇の咆哮を上げる。ビシビシと痛いくらいの風が吹き始めるが、巨鳥は涼しい顔でそれを受け流す。


「──カルディア軍、退避!近くに怪我人が居れば手を貸せ!だが救助の為に巨鳥に近付くのはよせ!!」


 パニックになりかける自らの思考を引き締めるために、腹の底からそう声を出した。私と同じく飛び込んできた巨大な鳥に呆然としていた兵士達がはっと我に返り、すぐに命令に従って巨鳥から距離を取る。

 巨鳥に近付くな、と言ったにも拘らず、その足元で気を失った兵士達が残らず引き摺り出されていく。まあ、救助しているのは巨鳥の襲来に倒れても運良く気を失わずに済んだ兵士達なので、確かに巨鳥に近づいている訳ではない。


「怪我人から先に撤退しろ!弓兵は戦闘態勢を取れ!……ラスィウォク!皆を守ってくれ!!」


 作戦の為に孤立している状況が仇となっている。これほど巨大な鳥型の生き物を相手に、弓くらいしか距離の取れる攻撃手段を装備していない今のカルディア軍では手出しのしようが無い。


 兵士達は私の意を汲んで素早く木々の陰へと駆け込んでくれた。巨鳥は首を傾げるようにしてそれをただ見送る。

 ……鳥の身体構造的に、地上に降りたままそれなりに動きの早い小さなものを追い回すのには向いていないからだろうか。それとも、特に兵士達を狙っている訳ではないのか。

 けれど下がる兵士達と替わるように前に出たラスィウォクが片翼を大きく広げると、流石にヴェドウォカと二匹合わせての威圧は無視できなかったのか、巨鳥も威嚇のように甲高い声で鳴く。


 まるで怪獣大決戦だ。

 そんな事を考えている余裕があるのかとは思うが、どうにもヴェドウォカに跨ったままの自分の場違い感が拭えない。


 ……だからなのか、その巨鳥の背の上から人の声が聞こえてきたのには、こんな状況にも拘らず少々ホッとしてしまった。


「落ち着きなさい、ただの犬よ。あなたが相手にするような存在じゃないわ」


 歌うような声だった。静かに凪いだものだというのに、不思議と染み渡るようにしてその声はここまで伝わって来る。

 巨鳥の畳まれた両翼の間から、ひょこりと灰色がかった緑色の頭が覗いた。

 私よりも少し歳上……成人したばかりといった年頃の少女だろうか。戦場には全く似つかわしくない修道女のように白い法衣に身を包んだ彼女は、ぐるりと辺りを見回し、それから私に視線を止めてにっこりと笑んだ。


 ぞくり、と背筋に怖気が走る。


 一見どこまでも穏やかで優しげな微笑み。だが、そこに込められた感情は他者の苦痛への愉悦──そういう表情は、嫌というほど見知っているものだ。

 これ程に嫌な『他人とは思えない』気持ちを感じる事もそうそう無いだろう。出来れば一生出会いたくはなく、……更に言うならば、この世に存在せずにいて欲しかった。


「……あなたの事はここて殺しておきたいんだけれど、今は駄目、ね。今回の目的はそれじゃないし」


 独り言のようにそう呟いて、私を見下す瞳に酷薄な光が灯る。その視線はほんの僅かにずれて、私が抱えるメフリへと移動する。

 ──ゾッとするほど冷徹な侮蔑の色がそこに浮かび上がり。

 ひゅっ、とその視線に射竦められたメフリが、恐怖に息を引き攣らせる音が聞こえた。


「弓、放てッ!!」


 けれど何にせよ、敵には変わりない。

 目的がメフリ一人であったとしても、私の兵士を蹴散らしたのは事実だ。それもあのように、平然と。

 彼女が(・・・)アークシア語を(・・・・・・・)話している事(・・・・・・・)と、この場においては異様極まりない格好である事等気になる点はあるが、それでもこの民間人の制限された戦場へと飛び込んで来たからには容赦はしない。


 私の号令に従って周囲の木陰から一斉に矢が巨鳥へと向かう。

 ……しかし巨鳥が数度羽撃くだけで、その殆どが弾かれてしまった。


「無駄よ。この子には人の武器なんて効かないわ。だから、大人しくその裏切り者を渡した方が良いわよ」


 ね?、と少女は穏やかな微笑みを崩しもせず、メフリを指差してそう言う。

 私はそれに沈黙で返した。恐怖に駆られて肩を震わせる目の前の少女を宥める気は起きなかったが、この乱入者と交渉する気も全く起きなかった。

 ──数年前、陽炎のように姿を現した、私の兄を名乗る男を見た時のような感覚がしている。あの少女の言葉に耳を傾けるな、出来る限り早く殺せ、と頭の中で警鐘が鳴っているのだ。


「…………それ(・・)を庇ったところで、あなたに良い事があるとは思えないのだけれど……」


 仕方ないわね、と少女が何かを囁く。


 その瞬間だった。

 巨鳥が天を仰いで甲高い声を上げたかと思うと、──一体何処からと言えば良いのか。黒雲など無い晴れた夜空から、一筋の稲妻がラスィウォクへ向かって落ちて来た。

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