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悪役転生だけどどうしてこうなった。  作者: 関村イムヤ
第一部『カリカチュア』・一章
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01 毒入りスープ

 最初の一手が家族の毒殺という時点で泣けてくるが、泣いてもいられない。

 触れぬように細心の注意を払って細かく千切り入れた毒の葉を見下したとき、私の頭には純然たる意思のみがあって、そこには微塵足りとも感情が入る余地などありはしなかった。


 躊躇い無く毒の葉を鍋の中のスープに沈めた。

 一体自分がどんな顔をしてそれを眺めていたのか分からない。頭の中が真っ黒に塗りつぶされているようだった。

 手に嵌めたサイズの合わない革の手袋はひたすらに不格好で、愚かしさを嘲笑われているかのように思えた。


 その毒草が人を容易く死に至らせるものであると、私は知っていた。

 初めから、ただ、知っていた。

 小さな破片を誤って飲んだだけの幼い少女が死にかけた姿を、はっきりと思い浮かべる事が出来る。

 のたうち回って苦しみ、弱っていくその姿を心底恐ろしく思ったが故に、その毒草の存在は私の頭に克明に焼き付いていた。


 ──まさかそれを使って、人を殺す事になる日が来るとは。

 皮肉なものだ、と誰に向けたものかすら分からない、力ない嘲笑を浮かべる。


 今夜の食卓には、下劣極まる我が母がどこぞの悪徳商人から買い漁ったという珍味が大量に乗せられる。

 ああ、そしてこれもまた盛大に皮肉な事に、それらは名目上、私の誕生祝の為のご馳走だ。

 私の家族は、私が生まれた事を祝うための料理で、生まれた事を祝った私に毒を盛られて死ぬ事になるのだ。

 もはや粗悪なつくりの、三流悲劇じみている。

 この国では殆ど見られない食材の数々が恰好の目眩ましとなって、食中毒でも起こしたと思われるか、或いは食材を売った商人による暗殺でも疑われるのか。

 どう転んだとしても、私に疑いが掛かる可能性は、無い──



 悪辣で知られたカルディア子爵一家は、その日、二歳になったばかりの末娘エリザを残し、全員が死んだ。

 子爵を毒殺した罪で、これまた悪辣で知られた大商人が一人、処刑された。


 以上が、私ことエリザ・カルディアが下級子爵位を襲爵する事となった経緯だった。







 私が唯一知識を持っていたその毒草は、毒性は強いが即効性は無い。

 もしかすると、生き残る者もいるかと思っていた。

 終わってみればそれも杞憂で、拍子抜けしそうなほどあっさりと、私の家族は全員死んだ。


 呼吸不全で窒息死したり吐瀉物で窒息死したり、或いは意識不全に陥ってそのまま死んだり頭を打って死んだり。

 自分の犯行であるにも拘らず、家族の死に様はあまりに凄惨な光景で、時々フラッシュバックする。完全にトラウマだ。


 そしてその中から見つけ出されて保護された、本来なら物心もつかない幼子の私は、都合の良い事に底抜けにお人好しな貴族達の同情を引いたらしい。

 金に浅ましかった母があれこれと言い掛かりを押し付けては、血や苦痛に歪む人の顔を見る事が何より好きな父が処分していたため、分家は既に全滅。

 残された私一人は家族の連座の罪に問われる事も無く、カルディア家の全ての財産を継ぐ事になった。


 勿論、私の年齢から考えるに、カルディア家は本来ならば取り潰しになる筈だった。

 しかしこの国の保守的な貴族達は、権力者の空白地帯を作って無駄な争いの火種を撒く気にはならなかったようだ。


 本音を言えば、取り潰しになってしまった方が良かった。

 或いは、罰を与えられたのかもしれないと、そう思った。

 

 しかし当たり前だが二歳となったばかり、一家暗殺の容疑すら掛けられない幼児である私には、受け継いだ子爵領の運営など出来る筈も無く。

 一応の目論見通り、王都からは後見人として領主の代行が派遣される事となった。


 父よりはマシな人間がやって来ることをただ只管に願った。

 これで父と同類がこの地に来てしまっては、何のために家族を皆殺しにしたのかわからない。

 国家そのものが腐っていたなどというオチさえつかなければ取り敢えずは何でも良い。


 そんな私の切なる願いは無事に聞き届けられたらしい。

 王都からやってきた矍鑠とした老貴族は、我が家の経済状況やら領地の惨状を見るなり腹の底から絞りだしたような唸り声を漏らした。

 喰らいつくような勢いで真っ先に書類を整理し始めた彼の姿に、私は漸くホッと息を吐いた。


 乱雑に積み上げられた借金の手形に始まり、馬鹿みたいに吊り上げられていた税率や、国法を無視して施行されていた悪法の数々。

 統治等とは口が裂けても呼べない悪質な支配で疲弊しきった領民達。

 領内は地獄のようと言っても差し支えが無い状態だった。

 そして、私には家族を卑劣な手で暗殺する事はできても、この惨状をどうにかする力も、知恵も、ありはしなかった。


 ゆえにこそ、後見人が如何に年老いていようと、私が成人、或いは準成人を迎えるまでに、一通り領内を立て直して貰わねばならない。

 私は幼子が仕出かしてもおかしくない行動を考えぬいて、その範囲で取れる手段の全てを取り、自分の知るあらゆるこの領の問題を後見人の前に引きずり出した。

 隠蔽されていた犯罪の証拠を。

 父により追い立てられ、今は姿の見えない者達の存在を。

 カルディアの者だけしか知らない部屋に隠された、父が残したおぞましき財産の数々を。

 家族が行った、陰惨極まる悪辣の痕跡を。

 寝る間も惜しんで年老いた後見人がこの領地に尽力してくれるよう、幼い身体が思考と活動に耐えられず熱を出そうと、無我夢中で動き続けた。


 親兄弟を皆殺しにしたのがただの保身ではないことを、己に証明するために。



 ──それは、何故私がこの暗殺を遂行出来たかという事にも関係している。



 一歳の頃の記憶を、私は覚えている。

 異様な事だとは思うが、その頃から私には自分の意志の自覚があった。


 私の頭には、他人の記憶が焼き付いている。

 知らない世界。ここには存在しない地形、街並み、人々の暮らし。

 そこで生き、そこで死んだ、一人の平凡な女の記憶だ。

 ただの──記憶だ。感情も、行動に至るまでの思考もそこには無く、一人称の視点でありながら第三者として推し量るしかないその女の人格は、現在の私に直接続いているとはとても言い難い。

 感覚としてはまるでビデオで眺めるような、他人の記憶だ。

 だが、前世などそんなものなのかもしれない。


 そして信じがたい事に──その女の記憶の中には、『エリザ・カルディア』の未来を示す情報が存在していた。

 彼女が死ぬ直前に遊んでいた、ただの娯楽の……ゲームの、物語の中に。


 生れ落ちた時からそうと解っていた訳では無い。

 それを私が知ったのは、自分の住む国についての子守唄をメイドから聞かされた時だった。


 大陸の北西を覇する大国、アークシア王国。

 それが私の生まれた、カルディア子爵領の存在する国である。

 歌から、また実際の日々の暮らしから考えるに、生活様式はヨーロッパの古い時代のそれに似ている……と思った。あくまでイメージとして、である。何しろ前世の私は文化史に詳しくはなく、外国にもあまり興味の無いようだった。

 だが、アークシアという名の国が世界史に登場した覚えが無い事は確かだ。


 ただし、異世界なのだと思いはすれど、国の名前一つでは私も自分が前世でプレイしたことのあるゲームとは重ねたりはしなかっただろう。


 それをさせたのは、自分だった。正確に言えば、自分に付けられた名前と、家族の様子がそうさせた。

 エリザ・カルディア。

 アークシア王国という言葉と組み合わさらなければ、単なる横文字の名前でしかないそれ。

 しかしなんと不幸なことにか、私の名前はそのゲームのキャラクターの一人と一致していたのである。


 嫌な名前だ、と最初に自分の名前を認識した時には思ったものだ。

 何しろすぐに連想した、前世のゲームに登場したエリザ・カルディアといえば、胸糞悪くなるとさえ言われたほどの悪役キャラクターだったのだ。

 一家揃って国から断罪されるほどの悪行を重ねていたカルディア一家の末娘。

 貴族の娘として生まれながら、自分が何故民の上に立つことが許されているのかを考える事すら無く、平民をゴミか何かだと勘違いして平気で踏み躙る、権力の生み出した人でなし──そんなキャラクターとして描かれていた。


 最初は単なる名前の一致でしかなかったそれが、家族の特徴が当てはまり、ゲームの舞台となった国と自分の国の名前が揃うとなると、否が応でも認めなければならなくなった。

 即ち、ここがあのゲームの舞台、アークシア王国であると。


 そうして次に頭に浮かんで来たのが、未来、つまりシナリオについてだ。

 隣国から来たヒロインがアークシアの王侯貴族の子弟が集う学園で結婚相手を探す、というストーリーが展開されていく中、そのストーリを盛り上げるための悪役として登場するエリザ・カルディア子爵令嬢は、どういったエンディングに分岐しようと一家連座で処刑という形で退場する。

 何しろ、エリザが学園内でどういった行動を取ろうが、彼女とその家族の領内での罪業自体は変わらない。

 どうシナリオが分岐しようが、その退場は遅いか早いかの違いしか存在しない、という訳だ。


 そのゲームを前世で妹に借りて暇潰しに遊んでいたのは、転生──という事になるのだろうか、記憶を引き継いだ今となっては吉と出たと考えたほうがいいか。

 何も、それが絶対の未来だと断じたつもりは無かったが。

 現状に鑑みれば自分の処刑がいつか必ず現実になるということを、記憶を辿った私は理解した。


 その未来の到来を防ぐ為だけが理由では無い。

 けれど、それが発端だった。

 死亡フラグなんてものは、早々に根元から消滅させてしまうに限る。

 私は結局、──家族を殺した。


 ……結果としては、公となっていないだけで、ゲーム内でのエリザの罪状よりももっと重い罪を私は犯したのだろう。

 何しろ子爵家暗殺だ。

 この国の刑法などまだ何一つ知らないが、いつかに聞いた覚えのある中世ヨーロッパのどこかの国の刑法では、親殺しの罪は車裂きの刑で贖われるという話だった。それも毒を使ったあたり、魔女と断じて火炙りになる可能性もあるかもしれない。


 そんな悍ましい処刑による最後はさすがに御免被りたい。

 家族毒殺の真実は墓の中まで持っていくしかないだろう。


 救いのない生まれに救いのない状況というわけだが──

 不幸中の幸運である事に、後見人のテレジア上級伯爵は実に有能で、そして、人としての倫理を持った人だった。

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― 新着の感想 ―
とても期待できる一話。 くどく説明せずとも、しっかりとした説得力を持った転生一話。 前世の思い出し方がとても自然。
[一言] 面白そう
[一言] 「矍鑠」どう読むのか分からないから、検索したよ。
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