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47 テーヴェ川岸辺の戦い・上

 朝焼けとは違う色で焼けたエリスの夜明けは、ディ・ロ・ユーンを包囲したリンダール兵からも見えたらしい。テーヴェ川の向こうからは、今朝から敵軍の組織的な動きが明確におかしくなったと報告が来た。


 まあ、当然、と言えば当然ではある。

 何しろ攻城戦側のリンダール軍は大量の奴隷兵を動員している。彼等の死体で壁を作り、堀を埋め、崖の梯子にして進むような作戦を取っている。当然ながら士気は最低、支配しているリンダールの兵が混乱すれば極端に大きな動揺として軍全体に影響する。

 逃走兵やアークシア側に寝返る奴隷兵も大量に出ているらしく、包囲網か瓦解するのは時間の問題だろうと考えられた。


 対してテーヴェ川を押さえた軍は明らかにデンゼルやパーミグランの貴族階級が含まれているようだ。人数は少ないが、弓や剣に長け、人数に勝るアークシア側に対して最大限に効果的な防衛戦を行っている。

 リンダール側の戦術としては、川でアークシア側の本隊を足止めしている間にディ・ロ・ユーンを制圧、これを攻勢拠点としてエリスに控えさせていた軍を動かしたかったと考えられる。

 軍を分けて交互に動かす事で昼夜を問わず攻撃を仕掛け、こちらの動きを抑制し疲弊させるのが目的だったのだろう、とウィーグラフは考察した。長期に及ぶ前線維持でアークシア側の士気が低下しているのは敵の目からも明らかだった筈である。


 敵の策を潰すという観点において、第二陣となる兵力と物資が貯められていたであろうエリスへの襲撃はこれ以上無い程に効果的な作戦だった。次は混乱する敵の隙に付け込んで、テーヴェ川に陣取る船団を撃破する。それさえ成功すれば、リンダール軍に致命的な戦略瓦解を齎す事が出来る。

 ……船は作るのに金も時間も掛かる。動かす人員の育成も言わずもがなだ。そしてその人員と船はパーミグランから出ている。


 出撃前、わざわざ赤鳩を使ってディ・ロ・フィーに詰めている総帥から私宛の命令が届いた。

 曰く、テーヴェ側の敵軍は殲滅せよ。船は全て破壊せよ。テーヴェの川を赤いドブへと変えてやれ。


 物騒な、と思わず呟いた私を、傍らに控えていたメフリが物言いたげに見上げた。




 敵軍の混乱という期を逃す事の無いよう、岸辺を固める敵兵への攻撃はすぐに行われた。

 私は再び領軍から離れ、ラスィウォクとヴェドウォカと共にテーヴェの岸へ。ディ・ロエ・トロスから出陣したエルグナード率いるユグフェナ騎士団の客将として戦闘参加だ。


 角笛が吹き鳴らされ、整列した騎士達が岸辺で待ち構える敵兵に向かって走り出す。

 既に交戦した者からの報告によれば、敵軍に接近すると着岸した三曹の船から短筒火矢と弓矢の攻撃があるらしい。


 話の通りに船から短筒火矢が構えられるのが確認出来たらしく、前を走っていた騎士が掲げた剣を横向きに倒した。


「ラスィウォク、行くぞ!出番だ!」


 ユグフェナの騎士達が私と狼竜の為に陣形を割って道を作る。現れた道をラスィウォクとヴェドウォカが駆け抜け、最前列へと躍り出た瞬間、待ち構えていた敵兵がざわめく声がここまで聞こえてきた。

 ほぼ同時に打ち込まれた矢と弾を、二頭の狼竜の風で逸らす。ごう、と横殴りの突風が吹き付け、矢は兎も角短筒火矢の弾は殆ど無力化出来たようだった。

 ……どうもヴェドウォカは翼を失う以前のラスィウォクよりも強い風を吹かせる事が出来るらしい。複雑な命令を伝える事も、人を乗せる事も出来ないので、騎獣としての期待が出来ないのだけは残念な事だが。


「カ、カルディアだ!赤い目のカルディアだ!!竜を操り人の血肉を啜る化物だッ!!」


 軍馬の塊の中で、狼竜の姿はあまりにも目立つ。最前列を走れば尚更だ。

 密集して槍を構えるリンダール軍の目の前で、先行する私と二匹の狼竜は走る方向を急転換する。歩兵と弓兵しか居ない以上、単騎で側面から突っ込むのはこの狼竜達の速度であれば容易い仕事だ。


「食い散らせラスィウォク!狩りの時間だ!!」


 私の声に答えるように二頭の狼竜が吠える。側面に回り込まれた敵の兵が碌に方向転換も出来ずに縺れ合い、悲鳴を上げて崩れていく様がはっきりと見て取れた。

 槍の隙間から頭を割り込ませるようにラスィウォクが敵陣へと突っ込む。横向きに構えていた斧槍が重たい何かをガンと叩き、衝撃で腕や肩が持っていかれないように思い切り身を捻る。

 飛び掛かるだけで人を何人も押し倒せるラスィウォクの巨躯が跳ね回り、その度に下敷きになった人間が押し潰されて断末魔の叫びを上げた。

 混乱を極めたところへユグフェナ騎士団が突撃してくる。馬の足に骨を踏み砕かれ、跳ね飛ばされ、或いは騎士の槍によって刺し貫かれ、たった一瞬で死体の山が築かれていく。


「あああああ!!」


 この状況でも冷静に槍を捨て、剣を抜いて私に切り掛かってくる兵も勿論存在するが、斧槍と剣ではリーチが違いすぎる。ラスィウォクの突進に合わせて振り下ろせば、人には不可能な勢いを得た刃は容易く兜ごと人の頭蓋を陥没させる。

 ぶしゅッ、と汁気に満ちた葡萄のように噴き出した血が撒き散らされ、周囲の兵を更なる恐慌の淵へと叩き落とす。


 私と二頭の狼竜はそのまま敵の軍を斜めに押し通り抜けた。

 この野戦では私の役割はここまでだ。ユグフェナの騎士達が敵陣を蹂躙し、その後へ続く王軍の膨大な歩兵が一人残らず殺し尽くす様を横目に眺めながら、ディ・ロエ・ダスへと引き上げた。

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