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46 懐古の痛みを火に焼べる

 ……エリスの都の襲撃計画はこういう事だった。以下は作戦会議の回想である。



「明日の夜明けにまずエリスへの襲撃を開始します。この作戦は全て私と貴女の独断という事になっていますし、敵軍の侵攻作戦から見てこれが最後の会戦になるでしょうから、この際大盤振る舞いする事にしました。私のおごりですよ?」


 私と貴女の、とウィーグラフは言うが、彼と私の身分は差が大き過ぎるので実質彼一人の独断という事になる筈だ。なるほど宮中への報告どころかディ・ロ・フィーに居る総帥にも相談する暇さえ無いのだから独断である事は間違い無い。


「エリスに行く狼竜達にはそれぞれ大人二人から三人分ほどの油を入れた袋を持って行って貰い、兵士の待機施設やエリスの領主の城などに火を放って頂きます。狼竜の風で目一杯煽って出来る限りの大火にさせるつもりです」


 ……はあ、成る程それは確かに大盤振る舞いだろう。そんな作戦を穏やか且つにこやか、そして爽やかに話すウィーグラフに、ああ、エルグナードがああなる訳だと何となく納得する。そして彼を手本に戦場で動いた私が悪名高い存在になった遠因は目の前の元作戦参謀にあったのだという事を今更知った。


 敵国の都市に襲撃を掛けるのには本来なら確実に上級貴族員に許可を仰ぐ行為ではあるが、完全に私とユグフェナの人員のみで作戦を立てて動く事には実は明確な法的リスクが無い。独断専行に非難を受ける事は確実だが、王軍が噛んでいない事でそれ以上の面倒を引き起こさずに済む。最悪私がユグフェナの兵員を借りて一人でやった事にしても良いだろう。

 多少の非難を受けても、敵軍に大打撃を与えて徹底的に戦意を挫き、今度こそ間違いなく講和条約に縦に首を振るしか出来なくさせてやる。これ以上の面倒も疲弊も、この戦争に関わる全員が御免だと思っているのだ。


 ……恭順を示したメフリへの怒りはもう無いが、他国から問答模様で連れて来られた子どもが爆弾として扱われ、クラウディアが酷く負傷したあの地下での戦いは、確実に私の頭に血を上らせていた。元よりデンゼルの人間には思うところが無かったわけではないが。


「貴女はエリスに火を放って、貴女がエリスに来たという事を知らしめた後はすぐに離脱し、ディ・ロ・フィーまで移動。後は他のカルディア伯に扮した三人がエリスを散々に混乱と恐怖に陥れる事でしょう。貴女がテーヴェ川の戦いの場に出る頃には、丁度エリスからの悲鳴が聞こえてくる頃でしょうから……」


「そこへ出て来た私で、更なる混乱を、という事ですか」


「恐怖倍増間違い無しですよ、楽しみですね。では、次に船団への攻撃についての作戦ですが……」


 にこやかな調子で話を続けたウィーグラフは、そこで一度言葉を切ると部屋の隅で大人しく座ったままでいたメフリに視線を向けた。


「戦後にあまり面倒が無いように、貴女には今のうちに沢山働いて貰いましょうね」


 壁の修繕代くらいは最低でも働いて頂きますからね?と小首を傾げたウィーグラフに、メフリは黙ったまま首を縦に何度も振った。




 狼竜は狼に似た性質も勿論持ち合わせている。一例を上げるなら、それは疲れを知らないかのような、無尽蔵に走り続けられるのかと思うような体力だ。


 ……そんな事が出来るのはあなたくらいですよ、といつか誰かに苦笑いをされた事があるが、人の気配を避けて走り飛び続けるヴェドウォカの背で仮眠を取りつつ、私は一人ディ・ロ・フィー城砦まで引き返して来た。


 次の作戦開始の合図があるまで、ディ・ロ・フィー内で待機。くれぐれも私の存在を敵に悟られぬように、とウィーグラフから連絡が来ているようで、私がエリスを燃やしている間に移動して来ていたカルディア伯領軍の兵士として、フードを被って何食わぬ顔で交じる。


 そっとクラウディアやメフリの様子を耳打ちされ、聞こえてきた戦況について報告を受けた後、食事を食べようと食堂へ向かった途端に古参の兵士に囲まれる。

 ツァーリ、と昔のように呼ばれ、戦だから英気を養えと構われる見習い兵士のように食事を口に突っ込まれていれば、他の軍の人間どころかこの数年で領軍へ入った者達さえも私をカルディア伯爵だと認識出来ないようだった。


「ほら、これも食えツァーリ」

「……いや、もういい。そんなに食べては戦場に出る前に腹を壊す」

「何言ってやがる、うちで一番わけの分からんものを食い漁ってたお前が腹なんぞ壊すか!」

「腹の許容量は別の話だろうが」


 くだらないやり取りをしながら、兵士の数が増えたここ数年ではこんな風に彼らとやり取りをする事もめっきりと無くなっていたなとふと思う。

 テオメルやギュンターとの会話がちっとも変わらないから気付かなかったが、その殆どが騎兵部隊とはいえ一兵卒のままの彼等と直接話をする事など殆ど無い。……新たに入った兵達の事を考えて、彼等自身が私に話し掛けずにいたのだろう。


 まるで見習い兵士として兵舎で過ごした頃に戻ったような懐かしさを感じる。そして、その片隅ではキリキリと絞られるように痛む気持ちがあった。

 この雰囲気は、否応なくカミルがいた頃の事を思い出させる。


 私はこの痛みを、まさしく油を吸ったおが屑にする。


 戦前には丁度良い事だろう。 

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