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45 エリスの『とっても明るい』夜明け

 その作戦は、ラトカの存在から思いついたものだという。

 本当はエリーゼ本人もこの場に居れば良かったのですがね、とまで宣うウィーグラフに、随分楽しげなお考えですね、と少し皮肉っぽく言ってしまったのは、外国との戦争だというのにただの一領地の領主である私をこれでもかというほど酷使しようという考えに少し反発心を覚えたからだ。


 ウィーグラフは弟とあまり似ていない筈の面差しに、面白いでしょう?と弟そっくりの笑顔を浮かべて返してきた。

 引き攣り笑いだこれは。作戦名は五人のカルディア伯です、などと言われて、他にどんな顔をすればいいのか分からなかった。


「わざわざ斥候にあなたの所在を確認するための命を下していたという事は、敵軍はあなたの事をかなり危険視しているという証明に他なりません。最前線にあなたの姿が無い以上、敵はあなたの出現に対して心をざわつかせている事でしょう」


 まあそれは確かにそうなのかもしれない。一斉防衛戦では考え得る限りの殺戮を尽くした事もあって、それなりに悪名が売れた事は自覚している。

 アークシア国内の事に対してリンダールの連中がどれだけ詳しいのかは分からないが、彼等からすれば八ヶ月前から私がさっぱり姿を見せないままでいる事も不気味に感じられているだろう。

 国内の貴族子弟の全員が集まり教育を受ける場を設けるという法制度は、この世界においてもかなり珍しい。実質鎖国状態のアークシア側が周知してない以上、私が勉強に励むために国内へ引っ込んだと知る者は殆ど居ないと考えられる。


 説明されたふざけた名前の作戦の概要は単純なもので、各拠点で待機中の狼竜達と、ラスィウォク、そしてその番となった白い狼竜に私と私に扮した騎士が乗り、機動力と飛行能力による隠密性を活かしてエリスの都とテーヴェ川の船団を強襲し、敵軍の混乱を狙う、との事。

 ユグフェナの狼竜三頭と白い狼竜がエリスへ向かい、ラスィウォクは船団へ。私は何と、白い狼竜と共にエリスと船団を全力で往復させられるらしい。エリスから戻り次第テーヴェの戦へと出張ることになる。


 ……野生の狼竜であるあの白い狼竜に騎乗出来るか大いに不安なのだが、乗れる可能性があるのは確かに私しか居ないだろう。理不尽なほどの働きを求められているような気がしないでもないが、妥当と言えば妥当な振り分けだ。

 半日猶予があるので、それまでに騎乗が不可能と判断されれば作戦を修正するらしいが、さてどうなるか。




「ヴェドウォカ、ここで止まってくれ」


 私は眼下に広がる円形の都市を見下ろしながら、私の言葉に従いながらも落ち着かない様子を見せる白く優美な狼竜の首を撫でる。

 ラスィウォクの例に倣ってユグフェナ地方に残る古い神の名からヴェドウォカと名付けた彼女は、決して私以外の人間を近付けさせようとしなかったものの、こうしてラスィウォクと離れ、私の指示に従って飛んでくれている。

 私は既にラスィウォクへ向けるものと同種の信頼と親愛を感じるようになっていて、故に後ろから私の頬や頭をつつき回す長い蛇のような尾も黙って受け入れた。狼竜にとってその器用な尾でつついたり、ぺしぺしと叩いたりするのは、群れの仲間に対する不満の表現や発散方法らしい。


 いつもは日が沈んでいく方向にある黒の山脈(アモン・ノール)から、じわじわと夜の闇が明るく塗り潰されていく空を眺める。既に目標にした建物の上空へと散った、共に飛んできたユグフェナの騎士達とは、日の出を作戦開始の合図にした。


 真っ白な山の稜線の間から太陽が現れるまでの僅かな間に、煙草用のマッチを刷って油を吸わせたおが屑入りの布袋に落とし込む。口を縄で縛って何度か振り回せば、簡単に燃え上がる炎。


 さて、幾らかのデンゼル人には、今日の朝日を拝むより先にもっと身近な火に親しんで貰おうではないか。


 目を焼くような朝日が差し込んだ瞬間、狼竜を一気に下降。

 その腹に括り付けられていた、これまたたっぷりと油を吸わせたおが屑の入った袋を目標──エリスの領主の城へと切り落とし、そこへ燃え上がらせた火種を投げ込んだ。


「頼む、ヴェドウォカ」


 合図を出すとヴェドウォカは大きくバサリと翼をはためかせた。そこから吹き上がる風が、一気に広がった炎を更に大きく煽る。

 未だ大半が眠りについたままのエリスの者達は、この静かな火の立ち昇りには気付く事無く。

 取り返しがつかないところまで炎が膨れ上がったのを見届けた私は、他の目標の辺りもにわかに明るくなった事を確認してから、次の合図を出した。


「……よし、では次に行こうか。エリスの憲兵隊に堂々名乗りを上げて、ご挨拶をしたらお暇しなければならない。全く忙しない事だが」


 人に育てられたわけではないヴェドウォカには分かる筈もないのにそう口にしてしまうのは、ラスィウォクと共に駆ける時の癖だ。


 合図を理解して再び空を滑り出したヴェドウォカの背後で、城を構成する木材がぱちりと爆ぜる音が微かに響き始め──それに気付いた城の兵士が悲鳴を上げる声が、夜明けのエリスに劈いた。

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