41 惨めな捨て駒
メフリの手足を拘束し、目隠しと口枷までしてから、私達は地下通路から脱出した。
メフリの魔法の起動条件が不明な以上、デイフェリアスの例に従って身振り手振りや声を封じる事くらいしか出来なかった。
とはいえそれは起爆に関することであって、恐らくその前段階で必要だと思われる爆弾化に必要な条件は一切不明のままである。不用意に彼女と接触したり、子供の間隔と距離があまりに狭まらないようにかなり心を配ったため、城砦に戻って来た頃には私もラスィウォクも、あのクラウディアでさえも疲労困憊であった。
詳細は不明であるが、爆弾化させたものの位置をメフリが視界に頼らずともある程度把握出来るようである事はそれだけで多大なプレッシャーとなっていた。
気絶させたヴァニタの事を気取られなかった以上、完全な把握は出来ないとは思いたいが……ヴァニタが爆弾化されていない可能性も無いわけではない。
「それで、どうするのだ?」
疲れ顔を隠しもせず、クラウディアが視線でメフリを示す。
私はまだ通路内から子供達が出て来ていない事を確認してから、無言のまま首の前で手を横に払った。万が一メフリが子供達を爆発させても問題の無いよう、彼等には随分後方を歩かせていた。
「上手く説得するなどは……」
クラウディアは少女を許す気は無いようだったが、同時に出来れば殺したくないとも望んでいるようだった。
「恐らく彼女だけは、ナズリクから連れてこられた人間ではない。見た目から考えられるのはエパデナ……、まあ、南方人の血を引くリンダールの臣民である事も考えられますね」
暗に対話によって取り込むのは無理だろうと否定すると、納得したのかクラウディアは眉間に深く皺を寄せて、引き摺るようにして連れてきたメフリを見下ろした。
ふ、ふ、と荒く口に噛ませた布越しに息を吐きながら、私達の声に怯えた様子で身を激しく捻る。……幾ら工作員であるとはいえ、この幼さでは恐らく能力の使い方程度の事しか教えられていないだろう。敗北し、身体の自由を奪われた彼女は冷静さを完全に失っているようだった。
尤もこれが彼女を年齢相応に見せかけ、こちらの油断を誘う作戦である可能性が存在する以上、そうとは断定はしないが。
「哀れな」
一言、クラウディアは呟く。
深い声色のそれは明らかにメフリの死を肯定した上でのものだったが、メフリにはそのような事など分からないようだった。
少女はふと暴れようとするのをやめると、クラウディアの居る方向に向かってべたりと這いつくばる。
……その光景は、あまりにも惨めなものに思えた。
まだ八歳ごろの幼い少女が、血に塗れ縄を打たれた状態で、これから自分を殺そうという人間達に向かって死にかけの虫のように地面に身を投げ出しているのだ。
膝から力の抜けるように崩れ落ちた震える身体は、とても演技には思えないような様子で彼女の恐怖を顕にしている。
「…………、…………。」
恐らく、私はその時、冷酷極まりない表情で少女を見下していたに違いない。
「……そうですね、本当に哀れなものだ。幾ら人智を越えた力を持つとはいえ、これほどに幼い身で、明らかに死する運命の捨て駒とされたのだから」
「エリザ殿……?」
訝しげにクラウディアが私を見る。
──死にかけの子供に毒を含ませるような、そんな私の行為に気付いたらしい。
メフリは私の言葉に、ぴくりと身体を反応させた。
「この子供は裏切られ、見捨てられたのでしょう。捕らえられた時点で殺されてもおかしくはなかった。ここへこの子供達を送り込んだ者達にとっては、この少女でさえ、無為に死のうともどうでも良い存在だったという事でしょうか」
私の声にメフリは唸りながら嫌々と頭を振る。聞きたくないと全身で訴えるような。
だが、聞いてもらわねばならないだろう。事を起こし終えた彼女には、選択肢など残されていないのだ。
「──この子を送り込んだ者はきっと正常な判断の出来ぬものでしょう。このような力を持った者をむざむざ殺させに送り込むとは……。もしも、この子が私の兵であったなら。そのような酷い事は、絶対にしないのに」
ぼた、ぽた、と音を立てて、メフリの目を覆う布から滲み出したものが城砦の床に落ちて弾ける。
這いずるようにして私の足元まで擦り寄ってきた、この上無く惨めで哀れな幼い子供を、私はやはり、冷酷極まる思いで見下した。
──これが洗脳であるという事は、自覚した上での事だった。
対話によって取り込む事が不可能であるならば、追い詰めぬいて彼女の精神を壊すより、付け入る術が無い。
私は彼女のアークシア人とは根底から異なるであろう価値観を一切信用する気がない。
信用しない前提で生かして使おううというのであれば、そうする以外の方法など、知らない。