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40 制圧と微妙な気持ち

  咄嗟にコートで庇ったものの、至近距離で爆ぜた肉片に弾かれて、私は地面を吹き飛ぶように転がった。

 髪が幾らか焦げたらしく、吐き気のするような嫌な臭いが漂ってくる。


 息をつんのめらせながらよろよろと体勢を整えようとして、堪えきれずに激しい咳をすると、引き摺られるようにして胃の中のものが逆流した。

 ビシャビシャと音を立てて地面に吐瀉物が跳ねて汚らしく飛び散る。

 酷い目眩に立っていられず、殆ど地面に這い蹲るようにしながら再び闇の中へと身を隠すしか無かった。


 一方、剣の刺さったメフリは大声で悲鳴を上げた。

 痛いとか信じられないだとか、そんなような事を大声で喚いている。子供特有の甲高い金切り声が通路内でさんざん反響して頭に響いた。壁際で身を縮こまらせている他の子供達が、自分の存在を出来る限り無くそうとばかりに更に竦み上がる気配が伝わってくる。

 ……肩に剣が刺さったくらいでこの反応。戦闘を想定した訓練を受けてないのか?


「──ッ、ラスィウォク、クラウディア!!」


 身動きの取れない状態になってしまったからには、彼女達に頼るしか無い。

 浅く息を繰り返しながら身を捻ってメフリの居る明るいあたりに視線を移すと、メフリは癇癪地味た怒鳴り声を上げながら一番近くに居た子供を壁から引き剥がそうとしているところだった。


「早く、言う事聞けよ!!そんなにバラバラに爆ぜて死にたいのか!!?」


 苛立ったように肩から引き抜いた剣で子供を脅しつつも、周囲を不安げに見回している。


「……ぅ、か、壁から離れるな!!壁際で爆ぜればいつこの通路が崩れるか分からない!そいつは生き埋めになる危険を犯してまで、お前達を殺せはしない!!」


 吐き気を堪えて絞り出すようにしてそう怒鳴れば、メフリは「黙れ!!」と私の居る方へと向けて怒鳴り返した。


 ──その一瞬を狙って、音も無く闇の中から飛び出したクラウディアが少女の小さな体に飛び掛かる。


「うわッ!?この……離せッ!!」


 血を浴びた服を脱ぎ捨てたのか、殆ど下着同然といった姿で現れたクラウディアであったが、メフリが藻掻く度にその髪や手の先などで軽い爆発が幾つも起こる。

 

「クラウディア……!」


 けれど、騎士としてこれ以上ない程に有能な彼女は、一つの呻き声さえも上げなかった。

 唇が切れるかというほどに噛み締めて痛みと衝撃に耐え、爆発の収まった瞬間、血塗れの姿でメフリを掴むと、軽く──本当に軽々と鮮やかな動作で少女を背負って投げた。

 そうして地面に叩きつけた少女の首元に、スラリと細剣を押し付ける。


 地下通路が静まり返る。恐怖に慄いていた子供達は、今や息を殺して二人の顛末を窺っていた。

 

「──私は、普段は槍を使う」


 クラウディアは静かに組み敷いたメフリを見下したまま、そう口を開いた。


「我がローレンツォレルの槍の穂先は紙を容易く真二つに切れる程に研いであるものだ。だから私は、剣であっても出来る限り鋭く研いだものしか持たない」


 そう言いながら、メフリが動かそうとした右手を空いた片手で捻り上げる。

 悲鳴を上げるメフリにクラウディアは表情を歪めた。


「だが、子供を斬り殺すのは忍びない。なので抵抗はしないでくれると助かるのだが。お前を殺すか否か、私の主人が決めるまで大人しくしていてくれぬか」


「……は、はぁ!?ふ──ふざけないで────ひッ!!?」


 思わず、といった様子でそう怒鳴ったメフリの頭上に、ぬっとラスィウォクが姿を現す。

 クラウディアは未だ剣をメフリの喉元へと突きつけたまま、いっそ穏やかに微笑んだ。


「大人しくしておいた方がそなたの身のためでもある。子供を手に掛けるような騎士道に悖る真似は、出来る限り避けたいと私は思っているのだが……その狼竜は私の主に似て、女子供であっても恐らく容赦はしないだろうからな」


 …………ええと。

 まあ、確かにそうだといえばそうなのだが。

 望んだ通り、寧ろ生け捕りという望んだ以上の結果を出してくれたクラウディアであったが、何となく微妙な気分になりながら私は彼女がメフリを縛り上げるのを見つめた。

 ……取り敢えず、脱走した捕虜の制圧は無事完了である。


 ラスィウォクに助け起こされながら、私は既に暗くなった通路を振り返った。

 濃密に澱む血肉の匂いに。子供達の恐怖に泣き叫ぶ声がまだ聞こえてくるような錯覚がした。

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