39 血肉の地雷原
突然の通路の揺れに子供達が悲鳴を上げた。
地上の開戦と脱獄のタイミングを合わせたであろう、メフリという少女だけが冷静に天井を見据えている。
少女の意識は地上にあり、周囲への警戒が若干薄れている──急襲するならば、今しか無い。
「行け!」
私はクラウディアとラスィウォクの背を押した。一人と一匹……というより、二匹の獣が弾かれたように瓦礫の物陰から音も無く飛び出していく。
少女がはっとこちらを振り向いた瞬間には、もうクラウディアが松明を持つ少年を引き倒し、ラスィウォクがメフリの周囲の子供を弾き飛ばすところだった。
子供達から劈くような甲高い悲鳴が上がり、明かりを無くして完全な暗闇に塗り潰された地下通路に反響する。コートの襟で耳を抑えながら、暗闇の中の気配にじっと集中した。
ラスィウォクが近くの子供を掴まえて壁際へと軽く放り投げているのが騒ぎの様子から辛うじて察する事が出来る。クラウディアの方は何をしているのか分からない。
「うるさーいッ!!頭いたいからいい加減黙れよお前らぁッ!!」
メフリがヒステリックに叫び声を上げる。こういうところはまだ子供か。声はやはり通路内に反射してくわんと響いたが、彼女の居る位置はだいたい把握出来た。
このまま制圧出来るか……そう、ほんの少しだけ安堵した瞬間だった。
ごぽ、とあの不気味な音が響いて。
丁度ラスィウォクが咥えて投げた子供が、彼の鼻先で小さく爆発を起こした。
ギャン、と至近距離で衝撃を受けたラスィウォクが悲鳴を上げる。
ツンと焦げ付くような匂いがあたりに広がる。巨大なものが動く気配で、ラスィウォクが瞬時に子供達から距離を取って離脱したのが分かった。
一瞬の沈黙。
そうして、子供達が更なる恐慌状態に陥るより先に、メフリが動いた。
「……ふっ、あっはははっ!バーカ!!ほんっとーにバカだなぁ!!」
高々と哄笑と嘲笑の声を上げた少女は、爆発の起こったあたりに移動する。何をするつもりなのか──何故この暗闇の中でラスィウォクへ爆破を仕掛けられたのかも分からない状態では、後手に回ると不利だと分かっていても迂闊に動けなくなる。
「自分の爆弾の位置くらい、見えなくても『分かる』んだよ!!」
煽るように少女は嗤い、その周辺でとぷとぷと音が鳴る。
そうして、ボン、ボン、と爆発音を上げてメフリの周囲で灯る小さな爆炎に、壁際に寄り縋って声も出せずに震えている子供達が映し出された。
……爆発の規模まで操れるのか。
先程のラスィウォクを襲った爆発がそれほど強力なもので無かったのは、壁を爆発させた時のように何かを吹き飛ばす事が目的だったわけではなく、……『爆弾』となる子供の身体をバラバラにするため。
そうして明かり代わりに軽い爆発によって燃え上がった無残な肉片が、その凄惨な光景を浮かび上がらせる。飛び散った血肉は生々しく、……少女の『魔法』の悍ましさをより一層印象づけられる。
腹の中に仕込んだ何かを爆発させるわけではなく、腕や足といった肉片まで自由に爆発させられるというのであればそれは最早超自然の力だ。あの、以前殺したデイフェリアスのように、魔物の持つ人智を超えた力と同じ。
無造作に灯された明かりに、息を潜めていたクラウディアが先手を取るべくメフリに向かって素早く飛び出す。
けれどそれにより速く気付いたメフリが右手を軽く振るった。こぽこぽと小さな音が微かに聞こえ、危険を察知したクラウディアが後ろに飛び退るのとほぼ同時に彼女の足元が爆ぜる。
「そっちに逃げて良いのかな?」
ごぽ。空気を揺らすような音の須臾の後、クラウディアの一番近くで腰を抜かしていた子供が更に爆ぜる。悲鳴を上げる間さえ無く。
「──ッ!!」
爆ぜた血肉がビシャビシャとクラウディアに吹き掛かった。──まずい。
「ほら、吹き飛──うわっ!!?」
慌てて瓦礫の山を飛び越えて、抜いた剣でメフリを斬りつけた。身を大きく反らして回避したメフリはぽかんと一瞬私を眺め、そのまま距離を取ろうとする。
……予測した通り、反射的な爆破は不可能らしい。ならば立ち止まるのは命取りだ。追撃に踏み込むと、メフリは焦る表情で更に後方へと飛び退いた。
「こっちに、寄るなッ!」
メフリが何かを振りかぶり、私の方へ投げつける。投げられたものは空中で勢い良く爆ぜ、私は後退せざるを得なくなる。
「ラスィウォク!!」
爆ぜた──恐らくは子供の腕だ──から更に撒き散る血肉の欠片を、私の声に応えたラスィウォクの風がすんでのところで反らす。
「喰らえ──!!」
追撃とばかりにさらに投げつけられた肉片が爆ぜるのと、私が投げた短剣が血霧を貫いて少女の肩に突き刺さったのは、ほぼ同時だった。