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悪役転生だけどどうしてこうなった。  作者: 関村イムヤ
第三章

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38 ヴァニタの懇願

 あまりの悍ましさに吐き気さえする。それを何とか堪えて、私は隣に蹲るクラウディアの袖を掴んで抑えた。

 クラウディアはしなやかな肉食獣が獲物を狙うように、今にも飛び出せるように低い体勢で構えていた。薄闇の中で空色の瞳がギラリと光る。


 ……クラウディアの本質は騎士だ。

 彼女は戦場の人間として私のやる事には口を出さないが、決して道徳観念がねじ曲がっている訳ではない。であるから、敵であろうと子供には出来る限り不殺を貫こうとするし、奇襲を命じられない限りは騎士道に従い正々堂々正面から戦おうとする。

 その彼女の騎士道が、あの少女を許すべからずとクラウディアに命じている。


 だが手持ちの戦力がクラウディアしか居ない今、彼女に策も無く飛び出されては困るのだ。

 相手の少女は警戒が強く、常に周囲に三人程の子供を置いて動いている。起爆の条件すら分からないまま突っ込んで、爆発されてはどうしようもない。


「……暗闇に乗じてヴァニタをこちらに引き込めるか?」


 声を殺してクラウディアにそう囁く。行動の方針を早めに与えた方が良いと感じたからだ。

 子供達は私達の隠れる瓦礫の山のすぐ近くにまで引き返してきていた。今なら少女に気づかれる事無く、ヴァニタと連携を取ることが出来ないだろうか。

 クラウディアは音も無く薄闇の中に這い出すと、俊敏な動きで一際背の高い子供をあっさりと物陰に引き摺り込んだ。


「……!?…………っ!!?」


 口を塞がれて声も出せぬまま恐怖に顔を引き攣らせたヴァニタに、私だ、と囁いて落ち着かせる。

 ヴァニタはホッとしたように身体から力を抜いた。そっとクラウディアが手を離すと、ヴァニタは声を潜めて『どうしてここに?』と尋ねる。


『君達を追って来た』


『二人じゃ無理だ……。一度戻ってくれ、頼む。助けて欲しいんだ……こんなところで、こんな風に死ぬなんて嫌だ……っ』


 懇願するヴァニタに、私とクラウディアは顔を見合わせた。助けて欲しい、と言いながらも、一度戻れと言う。


『……あいつは、メフリはどうやってか知らないけど俺達を粉々にする。粉々にする力で周りのものも粉々に吹き飛ばすんだ。俺達はまだ死にたくない……お願いだ、メフリと戦わないで……』


「…………エリザ殿、この者、身体のあちこちに血や人の破片がこびり付いている」


 私は一瞬、言葉を失った。


 戦わないで、と縋り付いてくるヴァニタからは、濃密なほどの血の匂いと、生き物の焼けるような匂いが漂ってくる。胸が悪くなるようなその匂いに──寧ろ、私の頭は一層冷徹に冷えていった。凍るような冷水を流し込まれたかのように、痛むほどに。

 ……脳裏を凄まじい勢いで駆け巡っていったのは、まだ一年も経っていない、一斉防衛戦での私の戦いの事だ。リトクス台地からの敵の侵攻を防ぐために、人を生きたまま焼き、少年兵を燃え盛る火と鋭い杭の上へ投げ込んだ。


「ラスィウォク」


 冷酷なまでの声が出た。自分自身の声だというのに、まるで嗤っているかのように聞こえた。

 完全な暗闇に塗り潰されていた中から、大人しく息を潜めていたラスィウォクが薄闇の中に顔を出す。ひ、とヴァニタが悲鳴を上げそうになるのを再び口を塞いで抑え、ラスィウォクの寄せる鼻先に頬を擦り寄せた。ひやりと冷たく湿った感触が、奇妙に冷え過ぎる頭に歯止めを掛ける。


「お前の風であの爆発の衝撃をどうにか出来るか?」


 爆風から私達の身を守れるか、という意図で尋ねたが、ラスィウォクは低く喉を鳴らした。どうやら無理らしい。

 片翼を失ってからというもの、ラスィウォクは空を飛ぶ事も、風を操ることも、殆ど不可能になった。今では彼の操る風は微風程度のものだ。


「では、お前の鱗はあの爆発に耐えうるか?」


 これにも否定。石の壁を吹き飛ばす程だ、これは予想がついていた。


「……ならば、最後に。獲物が気付くよりも速く、あの三人の子供達を引き剥がす事は出来るか?」


 わふん、と静かに狼竜が吠える。肯定だ。私はいい子だ、とラスィウォクの首を撫でた。


『何をする気だ……?』


 私とラスィウォクの遣り取りに、ヴァニタは不審感を露にする。ジリ、と彼の足の裏で小さな音が鳴った。その後ろではクラウディアが、やはり音もなく剣に手を掛ける。


『決まっている。脱走した捕虜を捕らえる……それが私の役目だ』


『駄目だ、やめろ!皆死んでしまうっ……うッ!?』


 小声でそう叫び、私に掴みかかろうとしたヴァニタを、クラウディアが素早く後ろから殴って昏倒させた。


『寝ていろ。もしかするとそれで助かるかもしれないな。──悪いが、時間が無い。それにお前達が死ぬとするなら、今ここでなければならないんだ』


 丁度そう言い切った瞬間だった。頭上遠くから、重たい響きが伝わってきて、天井から小さな砂がぱらぱらと落ちてくる。

 ……馬の駆ける音だ。それも、何十、何百頭という馬が駆けていく音だ。


 ──冷静になって考えてみれば、このタイミングで城砦内で動きがあるのならば、無論戦場でも動きがあって当然の事なのだ。相手の予測出来ない混乱は、常に戦場に有利を齎す。斥候から前線に動きがあったことも既に伝えられている。


 早馬で半日の距離にある最前線に、引き返してきたばかりの王軍が慌てて戻って行った。

 それが意味するところは一つ──八ヶ月振りの会戦が始まったのだ。

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