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悪役転生だけどどうしてこうなった。  作者: 関村イムヤ
第二章

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31 トラウマティック

 そう、溜息を吐いたその時だった。


「ヒィ──ッ!!なんで、なんでここに吸血鬼がいるんだよぉっ!?いやだぁああああ!!もう殺したくない、殺したくないいいい!!」


 突然錯乱の叫びが看護室の隅から上がる。

 吸血鬼、という声に私が小さく舌打ちするのと、医師がそちらに向かうのは同時だった。

 一瞬遅れてビクリと立ち竦んでいたエリックが肩を震わせ、きょろきょろと落ち着き無く周囲を見回す。


「落ち着きなさい、興奮しないで!誰か!鎮静剤!!」


「いやだ!いやだ!!もう沢山だ、あいつの餌を狩るのはもういやだッ!!」

「どうして戻って来たんだよォ!?貴族様の学校とやらに行ったんじゃなかったのかよおッ!!」

「俺はもう戦えないんだ!やめてくれもう死にたくない殺したくない!!戦えないんだもう足が無いんだよ!!」


 呼応するようにあちこちから悲鳴が上がったり、人が倒れたりするような音が相次いで、室内は一気に騒然となった。

 非難、侮蔑、畏怖といった明らかに昏い感情を込めた視線が幾つも突き刺さる。

 医師に促されて私はすぐに看護室から出る事になり、エリックも釣られるようにしてふらふらと私の後をついて来た。


 騒ぎを押し込めるようにして部屋の扉を閉めると、重たい息が溜息となって迫り上がってくる。


 王国軍の兵士の間には、私の評判はあまり良いものではない事も度々ある。捕虜の扱いや敵部隊への攻撃の加減にあまりにも大きな差が有り過ぎるせいで、感情的な反発が強いようだ。

 私が彼らの精神的な外傷の原因となっているとまでは考えていなかったが……パニックを起こして力の限り涙混じりの金切り声で喚く兵士を医師達が取り押さえたりする音が薄い扉越しに聞こえて来て、認識が甘かったと唇を噛む。

 彼らにとって私は死や暴力、戦場の象徴の一つなのだ。室内の騒ぎが続く程に、鳩尾に鉛を呑んだような感情が凝っていくのを感じた。


「……ドーヴァダイン男爵、申し訳ありません。慰問の場を乱してしまったようです。また後日別の者に案内をさせるよう、ユグフェナ王領伯にはお伝えしておきますので、部屋へ戻りましょう」


 事情が全く飲み込めず、呆然とした表情で看護室の扉をじっと見ているエリックに声を掛ける。

 彼ははっと私に視線を向けると、酷い困惑を浮かべた目で私を見詰めた。


「い、今のは……どういう事だ?何故お前はあのように、王国の兵士に恐れられているんだ?」


「……戦場とは、人の心に容易く傷を負わせる場なのです」


 エリックを促して廊下を歩き出しながら、私は彼に話をする事にした。少しは教育する必要があるかと思っていたので、これはこれで良い機会として利用出来なくもない。改めて彼が慰問を行う際に、もう少し事情が飲み込めていた方が良いだろうと考えて言葉を選ぶ。


「敵とはいえ、人間を相手に争い互いに殺し合わねばならないということは、生物として当たり前の拒否感、精神的な苦痛を生むもの。そして私はエリック殿もご存知の通り、敵をより多く無残に殺した事で多少なりと名を知られております。二度と戦場に立てぬ程の傷を負った彼らの心は弱り、敵味方の区別無く戦場を思い起こさせるもの全てに恐怖を抱くようになってしまっているのでしょう」


「心の傷……」


「怪我や死というものは、身体だけではなく、精神にも起こりうる事。火傷を負った者が火に対して強い恐怖を得るように、当たり前の事として生き物は皆苦痛を覚えるとその原因を恐れるようになっているのです。生きるために、死なぬよう、それ以上傷つかぬように」


 心的外傷について説明しながら、私の脳裏を過るのは領民の事だ。

 父によって作りだされた地獄のような生活に、誰もが皆深い傷を負った。そうする必要があったとはいえ、その後私とテレジア伯爵が行った事は完全に荒療治でしかなかっただろう。彼らの心にもっと気を遣う事は出来なかったのだろうかと後悔の念が浮かんでくる。


「…………お前は」


 エリックから返された声は、相槌ではなく、問いかけでもない、要領を得ないものだった。


「私は?」


 何を言おうとしているのかよく分からずに首を傾げて問い返す。エリックは何と言えばいいのか自分でもよく分からないようで、眉間に皺を寄せていた。


「……お前は、別にその、あの兵士達を直接殺そうとしたわけじゃないだろう?」


 やや迂遠なものとなった問いに無論だと首肯する。

 平民とはいえ、尊ばれるべき王軍の兵士にそのような無為な行為は考えた事も無い。そもそも彼等と私は別の指揮系統で動いているため、悪評の多い私の作戦には直接参加させた事すら無い。


「…………平気なのか。自分ではどうしようも無い事で、あんな風に、」


 悲鳴を上げられ、睨まれるなんて。そう続けられる筈だった言葉は途切れたが、エリックが言わんとする事と、その意図は十分に把握した。


「彼等は私の領民ではありませんので」


 肩を竦めてただそう答える。平気か否かは口にしなかった。

 平気と言えば平気だし、そうでもないと言えばそうでもない。気分は沈みはすれど、領民とは違って、いつか分かってくれはしないだろうかと縋るような気持ちさえ浮かんで来なかった。

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