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27 暗き底で何を見る

「なるほど、確かにそうかもしれませぬな」


 ローレンツォレル侯が頷く。そこには確かに同意の色が含まれていて、エリックが一瞬勝ち誇ったような視線を私に流した。

 目を合わせないように、す、とスプーンに視線を落とす。


「では、次に仔狼竜(ドラカニシュヘン)を発見した際には近衛へ送るように予定しておきましょうか」


「繁殖期は春であったかな?そう幸運に仔が手に入るとは思わぬが、一応世話が出来るように人員を整えておこう」


 次の瞬間にウィーグラフとローレンツォレル候の間で交わされたゆるやかな約束に、視界の端でエリックが「は?」と表情を凍り付かせるのが見えた。

 ……私から分不相応を理由にラスィウォクを取り上げたかったのだろうが、残念ながら狼竜は主を変えない。実際に引き剥がした事は無いのでもし無理矢理に引き剥がした際に狼竜がどのような行動に出るかは不明ではあるが、ためしにやってみるには狼竜という個体は稀少な上、強すぎる。


「……王族の御傍に侍るのであれば、白銀の鱗の個体であれば尚良いかと思います。青銀と同じく珍しい色ではありませんが、その方が見目が良い」


 昼のうちに見たラスィウォクに寄り添う狼竜の姿を思い出してそう言うと、あの個体の事を無論把握済みであるらしいウィーグラフとエルグナードがにやりと笑んだ。言外に「そのつもりだ」と告げられたような気がする。

 王の傍に侍る狼竜がラスィウォクの子になるかどうかはまだ分からないが、まあ、ここにいる三匹の狼竜のうち、二匹は雌の個体だ。若いはぐれ狼竜が実際に入りこんできているように、城砦は黒の山脈(アモン・ノール)の端にそのまま繋がってもいるし、繁殖の難易度は私があちこち連れ回しているラスィウォクよりは低い筈だ。


 目論見が上手くいかなかった事に機嫌を更に悪くしたエリックの気配を、その場に居る全員揃って涼しい顔で受け流す。

 だいたい、の話だ。普通に考えれば、度々の戦闘で片翼の無い傷だらけの狼竜を王族に献上するなどあり得ない事だ。ラスィウォクの何が気に障ったのかは知らないが、その場の思いつきと地位だけでそう簡単に物事が運んで堪るか。

 そんな事が許されるとすれば、それは王や王太子だけであって、少なくとも戦場に向かわせるのにほぼ抵抗も無いような大公家の妾腹ではない。


 ……人知れず、音も無く溜息を吐いた。

 生まれの如何で人を貶める意図がある訳ではないが、人の価値に差があるのは当然という思考が脳髄に染みついている事に今更気づいて、ほんの少しだけそれに息が詰まるような気分だった。


 卑しい生まれというのであれば、余程私の方が卑しい。

 血がどうという事ではなく、人間として明らかに嫌悪されて然るべき生まれ方をしたのだから。




 翌日早朝。エリックが兵の前でささやかな演説を行うよりも前に、ユグフェナ城砦は戦闘準備を整え警戒態勢を取る事となった。

 日の出の前に斥候部隊の侵入があったのだ。

 勿論ユグフェナの兵団はそれを看過するような生ぬるい警備はしていない為、敢えて城砦内に引き入れたその兵達は全て拿捕する事になった。


「捕えた者達は皆奴隷の焼き印が入っていたようです。扱いを定めるまでは決まりの通りにあなたに預ける事になりますが、問題無いでしょうか?」


「牢を貸していただいておりますから、特には」


「そうですか。一応、あなたにも牢の鍵を渡しておきましょう。修練所の地下牢の二階と三階のものです」


 そのような遣り取りが日の出の前にウィーグラフとの間にあり、私の手の中には現在重たい鍵束が握られている。

 しゃらしゃらと音を立てるそれを弄びながらラトカとギュンターを連れて向かうのは、勿論その奴隷兵の拘禁されている地下牢だ。

 斥候が着いたとなれば、敵の軍の襲来も時間の問題だ。エルグナードとローレンツォレル候は既に最前線の拠点に兵を連れて向かっている。猶予が無くなる前に一刻も早く奴隷兵の状態を確認しておきたかった。


「エリーゼ、ギュンター、気分が悪くなったらすぐに牢から出るように」


 一応後ろの二人に声を掛けてから、重たい扉の先に続く階段を下りる。


 地下牢、と聞いて黄金丘の館の地下牢のようなものを想像していたが、あれほど悪趣味なつくりではなかった。きちんと磨かれた石で壁、床、天井が作られていて、ほんの少しだけ息苦しい。

 奴隷兵が入れられているのは奥にある大きな牢で、近づいてみるとその中で蹲っていた数人がのそりと顔を上げてこちらを見た。

 ……どろり、と濁った暗い瞳。

 何となく既視感があってラトカを振り返る。出会った当初、牢の柵越しに見た彼の瞳はあのように濁っていた。


「何?」


「いや……」


 首を振って再度奴隷兵の一人一人を確認する。

 銀の髪に浅黒い肌という、アークシアではまず見ないような色彩の、まだ私と同年代ほどの子供ばかりが、痩せ細り、疲れ果てた表情で脅えたように身を寄せ合っていた。

 その中の、じっと観察するように私を窺い見ている一人に目を止める。視線が交錯しても鮮やかな金色の目を逸らそうとしないそいつに、私は手招きをした。


「そこのお前、前に出ろ」


 呼びかけて、その細い身体を引き摺るようにして相手が壁伝いにもぞりと立ち上がってから、私はその奴隷兵に声を掛けたのを後悔する。

 私よりもやや年上に見えるその奴隷兵には、右足が無かった。

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