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24 ユグフェナ城砦へ

 上級貴族院でどういう流れになったのかは知らないが、エリックは無事ユグフェナ城砦へと派遣される事に決まったようだった。時間にあまり余裕が無い、という事でその日のうちに通達がやって来た。


 何故私に通達が来たのかというと、依頼書に名を書いたという事もあるが──学習院を休学して前線へ向かえ、という命令が下ったという事もある。

 奴隷兵は倒すにも捕えるにも、捕えた後の処分を如何にするにも、奴隷の存在し無いアークシアではとにかく兵士の士気低下を招く可能性がある。……主力である王軍の士気をなるべく下げたくない、と思ったのかは分からないが、カルディア領には今後鹵獲(・・)する奴隷兵の一時的管理等を任せたい、との事だった。

 シル族の受け入れを行った故に異国人の扱いのノウハウを得ていると判断されたのか、それとも奴隷兵の『処分』が決まった際にさっさと殺してくれるとでも判断されたのか。或いはその両方かもしれない。


 学習院に上級貴族院からの通達書と休学の届け出を提出すると、戻り次第補講或いは特別試験を課されると連絡された。そういうところは妙に近代的である。


 そうして私はユグフェナ城砦へ、エリック、それにローレンツォレル侯爵らと共に王都を出立し、半年振りに戦場へと戻る事となった。

 



 王都から馬車で二日。途上に存在する我がカルディア領に一向が宿泊する事になったのは当然の流れ、なのだろうか?

 陞爵したばかりの地方の伯爵家に大公家の人間と侯爵が立ち寄り、その上宿泊するというような事は、平時にはまず起こらない。

 そのため普段は維持と管理が出来れば十分という程度の人員しか置いていない黄金丘の館の使用人達では、その対応にはとても手が足りなかったようだ。

 館内の采配を一任してあるベルワイエが周辺の村から急遽人員を集ったらしく、歓待の支度はギリギリながら間に合ったらしい。


「……地位にそぐわない、見窄らしい住まいだな」


 馬車から降りたエリックの最初の一言は相も変わらず失礼なものだが、声の調子には嘲りも見下すような響きも含まれておらず、何やら投げやりな調子だった。


「よもや新たに爵位を頂けるとは、館を立てた当時の当主も思ってなかったのでしょう」


「あぁそうかよ。そりゃあ、卑怯な真似をして勝ちを得てそれを功績とする子孫が生まれるなんて、誰も信じたくはないだろうな」


「確かに、どのような子が生まれるかを知っていれば、人は子を作らなくなるかもしれないですね。前領主のような者が生まれる事を予見出来ていれば、私であれば子など設けようなどとは絶対に思いませんから」


 父に限らず、私自身もエリックの言う通りその対象になる事はあるだろう。顔色も変えずに人を痛めつけ、殺す事の出来る子供が自分の子や孫だとしたら、なんて、考えるにも悍ましい事だ。


 自分からそのような趣旨の発言をしたというのに、エリックはぴくりと肩を揺らして私を睨めつける。どうも私の発言は意図せず彼の神経に障るらしい。

 ……ああ。そうか。

 私の自虐混じりの言葉は、そういえば彼には刺さってもおかしくないのか。──母親殺し、と義母に存在を疎まれている、エリックには。




 翌日の出発までに、戦場へと連れて行くカルディア領の兵達には準備を整えさせた。ここからは私は馬車ではなく、騎獣に乗って彼等を率いて行軍する。この三年のうちにシル族の戦士達の編入を経て領民の数にそぐわぬほどに膨れ上がった軍の先頭を、ラスィウォクに乗って進むのだ。


 久々の触れ合いにか、ラスィウォクは随分と機嫌が良さそうだった。

 蛇のような尾が後ろでブンブンと揺れていて、足取りも軽い。分かりやすい親愛表現に首の後ろを撫ぜてやると、気持ちよさそうに耳がぴくぴく動いた。


「なかなか構ってやれなくて悪いな。王都にお前を連れて行ければ良いんだが、流石にそれは出来ないから……」


 語りかけるとわふわふと何やら一生懸命に喋るような鳴き声が返ってくる。分かっているとでも言いたげな調子のそれに目を細め、もう一度首の後ろを撫でた。


「お館様、何か嬉しそうですね?」


「ん?」


 かつてユグフェナ城砦に向かった時と同じように、私のすぐ隣りで馬を牽きながら歩くパウロが和やかにそう声を掛けてきた。何だか懐かしいような気分になる。成長期を迎えたパウロはあの時とはすっかり変わってしまったが、あっけらかんとした態度に変化は無いようだ。


「ああ、……王都はとにかく面倒事が多くてな。カルディア領では楽が出来るという訳ではないが、学習院を終えて早く戻ってきたいものだと思っていたんだ。ラスィウォクも居るしな」


「ラスィウォクだけじゃなくて、僕達も居ますよ。お館様が居ないと時々の楽しみだったちょっと豪華なご飯も出なくなるので、早く帰ってきて欲しいです。あーあ、僕も生まれるのがあと二年遅かったらなあ。アスランみたいにお館様に付いて王都に行けたかもしれないのに、残念です……」


「なんだ、食い気の問題か。領内の食糧ももう少し豊富な種類を流通させられるようにしたいんだがな。この戦争が片付いて、少しは余裕が持てるようになればいいんだが」


「頑張って下さいよ。でも、無理はしないで下さいね」


 無茶な質問にふんと鼻を鳴らして答えると、パウロはくすくす笑った。


 ──少し離れた場所を走る馬車からの、エリックとローレンツォレル侯爵からの視線がかなり痛かった。 

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