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悪役転生だけどどうしてこうなった。  作者: 関村イムヤ
第二章

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22 四年越しの決着が一つ

 貴族達が少しずつ帰り始めた、月も空高く登った夜半。

 私とクラウディアはラトカを回収するべく、会場を辞して大公家の裏門へと回った。門番に訝しがられぬよう、一本道を外れた所に馬車を停めさせる。


 ベルワイエは先に帰らせた。フレチェ辺境伯からの話を必要な場所へと伝達するべく、手紙の草案を作らせるためだ。


 事前に時間を決めてあったため、ラトカはすぐに出て来た。その様子を見たクラウディアが無言で御者台へと移っていく。


「……ご苦労、エリーゼ。成果はあったか?」


「ちょっと運が良かった。満足して貰える情報はあると思うよ。……何でそんなに睨むんだよ」


 真っ青な顔で脂汗をかきながら、ラトカが不満げに唇を尖らせる。

 何故睨むのか、だと?


「運が良かっただと?その様でか。無茶はするなと、言っておいた筈だ、この馬鹿が!」


 自分でも思っていたよりきつい怒鳴り声が出た。けれど、それでも腹の中でぐるぐる回る重たく熱い感情は一向に収まらない。

 ラトカは左腕を真っ青に腫らしていた。おそらく、骨が折れている。ギリギリと奥歯を噛み締めながら、その腕に使いもしない分厚い扇を添え木代わりにして、さっさと布を巻き付けた。


「誰に、どうして殴られた?」


 諜報活動が上手くいったと言うのなら、不審人物だという理由で警備兵に殴られた訳ではないだろう。


 そもそも他家の使用人領域に人員を潜らせるのだ。多少なりとのリスクは承知の上だった。……なのにラトカが腕を折って帰ってきたと思うと腸が煮えくり返りそうになる。

 常であればこの感情は自分の領民を傷つけた相手へと向かう筈なのに、どうしてか、今回限りはこの理不尽な程の怒りは怪我をして帰って来たラトカ本人へと向かおうとしていた。


 けれどその感情をラトカに解き放つのは、道理の通らない事だ。故に必死でそれを呑み下し、押さえつけて、そうすると声が地を這うように低く、物騒な響きになった。


「し、使用人の男に……本当は俺が殴られたわけじゃないんだ。ただ、情報源の洗濯女に付き纏っていた奴が、休日に浮かれて酒を飲んでてさ。つい、咄嗟に女を庇ったら、ボキッと」


 ボキッと、ではない。そんな風に自分の怪我を大した事ではないような言い方をするんじゃない。

 何でもないような顔をしたラトカに、折角必死で押さえつけた激情の上から苛立ちが積もっていく。


「そんな事より、もっと喜べよ。怪我はしたけど、大公家の事情ってやつ?ちゃんと調べてきたんだぞ。当時の事を知ってる女中から裏取りまでしたんだからな。知りたかったんだろう?」


「そんな事、だと……?」


 青い唇をむりやり吊り上げて笑った、その表情に、どこかでぷっつりと何かが切れたような感覚がした。

 同時に、この感情が何なのか、やっと理解する。


「…………分かった。得た情報を端的に報告しろ」


「だから、何で怒ってるんだってば。折角頑張ったのに」


 互いの声が険を帯びた。ピリピリとした苛立ちが馬車の中に満ちる。


「怒ってる訳ではない。報告しろ、と言っている。褒めろ褒めろと言うが、結果が出なければお前の怪我は私にとっての損害にしかならない。早く話せ」


 流石にラトカの眉間に皺が寄る。苛立ちに任せて、本来言いたかったことの五倍くらい余計且つ偽悪的な言い方になったのは自分でも分かった。


「なんだよその言い方!何が不満なんだよ!?ふざけるなよ!!」


「……それはこっちの台詞だ!!何が不満かだと?お前が自分の怪我を軽く扱っている事がだ!!もっと怒るなり、痛がるなりしろ馬鹿がっ!情報は欲しいとは言った、だけど大公家の事情なんかよりもお前の身の方が大事に決まってるだろうが!!」


「はあ!?俺が大事!?それって……」


「お前だって私の領民の一人だぞ!いいか、領主にとってはな、領民とは何よりも優先し守るべき存在なんだ!!それをこんな些末な命令を遂行するために傷つけて、あまつさえそんな事扱いだと!?それこそふざけるなよ、私の領民の価値を勝手に自分で貶めるな!!」


 勢いでぶちまけて、それから目を真ん丸にしたまま硬直したラトカに少し頭が冷えた。

 え、今私、何を怒鳴った。羞恥と混乱と怒りと、それから自虐が一気にないまぜになって迫上がり、反射的に口許を覆う。

 思わず伏せた視界の端で、ラトカの口が、じわじわと引き攣るのが見えた。


「お、まえ、それ、本気で言ってるのか……?」


「領主命令だ今すぐ忘れろそれと今すぐ馬車から降りろ走って帰れ」


「無理」


 っく、とラトカは肩を震わせる。まるで吹き出すのを堪えているかのように。


 そうだろうな、今更私がこんな事を言ったって、笑われるのが関の山だ。むしろ、勝手な事を言うなと怒られなかっただけマシなのかもしれない。

 けれど、こんな事で怪我を負ってきたラトカの事は、やはり許せなかった。それと同じくらい、傷一つ無く戻って来ると、何の保証も無いのにそう思い込んでいた自分が許せなかった。


「……お前、それさぁ、……それが、信頼っていうやつ──じゃないの?」


 ──吹き出すか、と思ったラトカの声は、予想とは正反対に、湿って震えていた。

 は?と慌てて視線を戻すと、彼は笑みと泣き顔とをぐちゃぐちゃに混ぜたような汚い顔を、無事な方の腕の袖でどうにか拭おうとしているところで。


「はあ──長くかかり過ぎ、だろ……俺より後とか……ほんと──」


「う、るさい。……黙れ、エリーゼ。あと、俺ではなく、私と言え」


 辛うじて絞り出したその言葉は、羞恥以外の感情は全て綺麗さっぱり消え失せてしまっていた。

六月二十八日の活動報告にて、皆様にお知らせがございます。

是非目を通して頂ければと思います。

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