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20 南の国の話

 主催と主役である大公家の面々に挨拶が叶ったのは、彼等が会場へと訪れてからかなり時間が経った後だった。招待客が多いので、成り上がりの下級伯爵に許される挨拶の順番は殆ど最後の方だ。


「ご機嫌麗しゅうございます、大公閣下。本日は御子息の誕生祝へ御招き頂けましたこと大変光栄に存じます。僭越ながら、御子息レーベレヒト様、加えてドーヴァダイン家の皆様へ祝福とミソルアへの感謝の祈りを捧げさせて頂きたく」


「有り難く受け取ろう、エインシュバルク伯爵」


「今夜は我が弟の為に当家まで出向いて頂き、まこと嬉しく思う。互いに学習院での気疲れを晴らそう。会の余興を楽しんで貰えればと思う」


 大公は息子達と同じ鬱金の目で私を見て簡潔な返事をし、その言葉を引き取って久々に会ったグレイスが淡々と私に定型文の挨拶を返す。

 その少し後ろに手持無沙汰気味に突っ立っているエリックは私から視線を逸らし、大公の隣で椅子に座っている奥方は一言も話そうとせず、中心にいるレーベレヒトが居心地の悪そうな顔をしているのが印象的だ。エリックが隠しもしないせいで、人の目のある場所だというのに家庭内の不和が漏れ出していた。


 大公一家の前を辞した後も、会場の隅で目立たぬようにしながら彼らを観察する。挨拶の合間に一言二言それぞれの間でやり取りはあるようだが、奥方だけは、決してエリックに口をきかなかった。たとえ話し掛けられても頷きもせず、ただその度に僅かに顔を強張らせているのが見えた。


「──あれ、カルディア子爵、じゃない、エインシュバルク伯爵」


 ふと声を掛けられて知り合いかと視線をそちらに向けると、きょとりとした顔でそこには見覚えのある青年が居た。

 フレチェ辺境伯の息子の一人、コルネイユだ。彼は婚約者のフェイリア・ローグシアをエスコートしながら、丁度挨拶の列へ並ぼうとしている。

 辺境伯家の三男にまで招待状が出ているのかと少し驚いたが、その少し後ろに居るのはコルネイユの兄らしき人がこちらを伺っているのが見えた。兄二人には男爵位があった筈。という事は、無爵位のコルネイユ達は恐らく後ろの彼の同行者だろう。


「ご機嫌よう、エインシュバルク伯爵」


「……お久しぶりですね、コルネイユ殿、フェイリア殿。貴氏だと他のエインシュバルク家の方が居る時に混乱するでしょうから、これまで通りカルディアで構いません」


「そうか、ではカルディア伯爵。ここで偶然にもお会い出来るとは思わなかった。近々連絡を取ろうと思っていたんだ」


「何か私に用が?」


 コルネイユから連絡を受けそうな用件など、彼等二人の婚姻の儀くらいしか思い浮かばない。彼等が婚約に至った経緯からすると、フレチェ辺境伯が私を呼ぶかは疑問だが。


「フレチェ地方でも伯爵の東部国境での活躍をよく耳にするようになっていてね。──南の小王国群について、父が何事か懸念があるようなんだ。それでユグフェナ地方の領主達と連携が取りたいと」


 南の小王国群……。あまり予想していなかった言葉が出て来て、首を傾げた。


 位置が近いため東国境にばかり注意を払いがちだが、実はカルディア領は南国境とも間に一つ領を挟むだけの外内地である。とはいえ、その存在にはリンダールほどの脅威は無い。

 南方国家は余りにも規模が小さ過ぎるため、例え群れて押し寄せてきてもアークシアにとっては敵ではないのだ。かの国々は興亡が早過ぎるせいで発展が著しく遅く、兵も馬も国民も全てが常に疲れ切り、物資の数も余裕が無いのである。


「吹けば飛ぶような国々に対して、それ程の懸念が?」


「ああ。どうやらリンダールが南方国家の争いに介入しているらしい。リンダール東南部の方から、少しずつだがリンダールの従属国化が進んでいる」


 介入。ほぼ鎖国状態のアークシアでは殆ど考えられない事だ。

 そもそも国防の観点からすると、アークシアにとっては他国は他国同士で常に争いあい、興亡を繰り返しているほうが都合が良いので、わざわざ戦争を収束させるような事はしない。国法上、つまり宗教上の理由から争いを激化させる事もしないが。


「そちらに時間の余裕があれば、今その話を詳しく聞かせて頂きたいのですが」


「分かった。大公閣下への挨拶は兄上だけにお任せして、私達は父上と合流しよう」


「ちょっと待て。話をするのは君ではなく、辺境伯?」


 まさか辺境伯本人から話をされるのかと驚いた。うっかり丁寧な話し方さえも飛んでしまう。が、コルネイユは「その方が父上にとっては良いだろう」とあっけらかんと首肯した。

 何がどう良いのかは不明だが、辺境伯には辺境伯の利益がある。私に不利益が無いならば先方の都合に合わせるのは吝かではない。


「……分かった、行こう」

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