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悪役転生だけどどうしてこうなった。  作者: 関村イムヤ
第一章

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10 大公家の事情・1

 テレジア伯爵と顔を合わせるのは久々の事だった。


「なかなかご挨拶に伺えず、申し訳ありません」


「いや、良い。本来なら入学式典の時に儂が顔を出すべきだったからな」


 長椅子にゆるく凭れ掛かった伯爵は、王都へと戻って来てからはほんの少しだけ表情が緩やかなものとなっているような気がした。彼が赴任して来た時からカルディア領の状況は大変厳しいものだったので、私の知る彼は本来よりも余裕の無い状態だったのかもしれないが。


「その頃は少しお加減が悪かったと聞き及びましたが……」


「軽い咳が出ていただけだ。家の者が余りにも大騒ぎするので、大事をとって二日ばかり寝込んだら何ともなくなった。問題無い」


「そうでしたか。大事無くて良かった」


「誰も彼も儂の事を死にかけた老人のように扱う。我が兄は未だにあんなに元気に毎日登城しているというのに。あれより気儘に過ごしている儂が死にかけとして扱われるのは納得がいかん」


 私が十の誕生祝を迎えた頃から、伯爵の王都へ戻って過ごす期間が増えていった。私が陞爵すると同時にカルディア領の領主代理権も返上し、今は自分の屋敷に戻って暮らしている。

 子供の居ない彼は爵位の継承が出来ないためまだ伯爵位にあるが、最近はもう貴族院にも殆ど出席してこない。爵位の根拠である王宮財務官の仕事を片付けつつも、本人はすっかり引退した気分で、屋敷で余生を楽しんでいるつもりなのだろう。


「……まあ良い。それより、お前の方が面倒な事態に巻き込まれているようだな」


 その割に今でも並の貴族では歯が立たないほど情報を握っているのは、王都中の役職持つ貴族達が頻繁に彼を頼って相談事を持ち込むためだ。

 相変わらず伯爵にしては影響力の有り過ぎる後見人である。

 まあ……まさしく情報を持ち込んで頻繁に相談を持ち込む私が言えた事では無いか。私の陞爵のせいでますます他の貴族に頼られる事も増えている様だし。


「はい。実は、大公家のエリック殿の事で少々困っておりまして……」


「仔細は手紙で寄越した通りか?目を通して既に処分してしまったが」


 簡潔な確認に私は頷いた。

 伯爵には事前にレポートか何かというような、入学してからの王太子とその取り巻き三人と私の関係性ややり取りを纏めたものを提出してある。

 私の対応時の思惑等も書き記してあるため、伯爵以外の手に渡れば面倒事になるが、伯爵と私は死ぬまで縁を切ることが出来ない一蓮托生の存在なので、彼が私を裏切ってあの手紙を誰かに渡す事は無い。処分したと言うのなら、そうなのだろう。


「はい。私としては、あの程度のやり取りでなぜエリック殿からあれほどの敵愾心を持たれているのかが良く分かりません。確かに彼の心象を損ねる事で、王太子殿下との距離を取れればと考えてはいましたが」


「グレイスやローレンツォレルの孫君とは殆ど交流は無かったようだな。とりわけグレイスとは初日以降、挨拶以外に言葉を交わした事も無しか」


「グレイス殿とは最も適切な距離感を保てているように思えて、やや安心出来ます。大公閣下の教育の賜物でしょうか」


 貴族院の方へ殆ど顔を出す事の無いドーヴァダイン大公がどのような人なのか、私はあまり知らない。王弟である彼は上級貴族院の主要人物であり、私の立場では本来ならば関わりようもないような存在だ。


「…………。大公家か……」


 しかし、一時期は上級貴族院に参加していた事のあるテレジア伯爵にとってはそうではないらしい。

 常から厳しい表情を殊更険しく顰めて、珍しく話すべき言葉に迷っているようだった。


 私は手元の紅茶を飲みながら話の続きを待った。

 伯爵の言い淀む、大公家の何らかの事情について、自分なりに思考を巡らせながら。


 ──いくら子供とはいえ、大公家という由緒ある貴族家──それも庶子とはいえ王弟の子息である筈のエリックの言動には、余りにおかしなところがある。

 彼の失言のたび、一体大公家でどのような教育をされて来たのかと眉を顰めた事も一、二度では済まない。

 彼は妾妃から産まれた庶子だが、あのようにグレイスと双子の兄弟の様に振る舞えるという事は、これまでグレイスとほぼ同等に扱われてきたのだろう。

 ならば受けた教育にも差は無い筈だ。


 グレイスは、あの中で唯一私を相手にしていない。次期大公としての視界を既に持っているのか、成り上がりの下級伯など目にも入らない、というような態度を貫いている。

 そして、それが正しいと私も感じる。

 同じ武門の貴族であるジークハルトは別として、本来王太子と大公家の二人は私と頻繁に会話を交わす事自体がおかしいのだ。


 ……学習院という区切られた社会の中で、王太子の次の身分として扱われている現状、貴族とは異なる王族の立場として王太子が幾らか私に声を掛けてくるのはある意味では仕方のない事ではある。

 だがそれは学習院の中だけの話で、そこを出れば私など数多いる下級貴族の一人に過ぎない。武門の貴族の顔役ならばローレンツォレル家やエインシュバルク家といった由緒ある大貴族家が既に存在している。

 王太子の態度はそれにしては親し気に過ぎるが……。それは今は置いておく。


 疑問はエリックとグレイスの差にある。

 グレイスが大公家の人間として私に対する正しい距離感を取っている以上、エリックもそうでなければおかしいのだ。

 教育や家の中での扱いに差があるならば、逆にエリックとグレイスの関係性がおかしなものとなる。

 何故嫡子と庶子の関係でありながら、二人は双子の兄弟のように振る舞えるのか。どうしてそのような振る舞いが許されているのに、二人の私に対する態度が対照的なのか。


 ……何故私が他の家庭の問題にまで首を突っ込まねばならないんだと思わないでもないが、エリックを何とかしなければ自分の身が危うい以上、面倒臭がってもいられない。

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