表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
159/262

08 喧嘩の種になる セカンドタイム

「頭が痛い……学校行きたくない……」


「何言ってんだよ、暫く入れ替わらないって言い出したのはお前だろ」


 もごもごと朝食を口に突っ込む合間に呟いた言葉に、ラトカが怪訝そうに眉根を寄せた。あの模擬決闘以来、彼とは殆ど入れ替わりをしていない。状況的に入れ替わりが出来ないせいだ。


「ほら、しゃきしゃきメシ食え。一体どうしたんだよ。そんなかったるそうな顔したお前、初めて見るぞ俺」


「……うるさい。言葉がなってないぞ、エリーゼ……」


 頭を抱えながら言われてもなぁ、とラトカは首を降って、それから私がもそもそと齧っているパンを取り上げるとそこへジャムを塗りたくり、私の口へと突っ込み戻した。


「早く食べろ。そろそろ寮出る支度しないと講義に遅れるぞ」


 ……うう。頭が痛い。学校行きたくない。寧ろ何故既に習った事しか出て来ないような講義に出なければならないんだ……?そんな事をするより領主としての仕事を片付けた方が余程有意義な時間の使い方なのではないだろうか……?


 学校をサボろうとする学生のような台詞を、それが前世の記憶からの引用だとすら気付かないまま脳内でグズりながら、私は気怠い朝食をのろのろと続けた。




「おはよう、カルディア。大丈夫?顔色が悪いようだけど……」


「ああ、ゼファー……おはよう」


 結局休むとなるともっと状況が悪くなるかもしれない、という嫌な予測から講義に出席した私の隣に、心配そうな表情をしたゼファーが腰を下ろした。

 無駄な悪評が付きかねないというのに、彼はよくこうして私に声を掛けてくれる。案じていたよりもゼファーについての陰口は聞こえて来ないので、最近は私の方もそこそこ気軽に彼と話をするようになっていた。


「体調は問題ない。最近いろいろやる事が多くて、少し疲れが出ているだけだろう」


「そう。無理はしないでね?その……領主が倒れると大変だからさ」


「ああ、ありがとう」


 私の体調不良の本当の理由は彼も分かってはいる筈だ。けれどそれを話題にしたくないという私の意を汲んで、ただただ心を砕いてくれる彼の存在が、今の私には非常に有り難い。


「おはよう、カルディア伯爵、モードン」


「……おはよう、ローレンツォレル」


「やあおはよう、ローレンツォレル男爵」


 そこへ登校してきた総帥の孫が当たり前のような顔で合流して来て、私はそっと頭を抱えた。


 あの模擬決闘の日から既に十日が経つ。

 けれど、あの日拗れた総帥の孫とエリックの喧嘩は、収まるどころか日々更に拗れていっている。公務で学園を出ている王太子とグレイスが戻って来ないので、彼等を仲裁出来る人間が居ないのだ。

 そしてその上、総帥の孫はエリックへの当て付けのように私と行動を共にするようになっていた。

 これが私の頭痛の種である。


 実際の所武門の貴族ローレンツォレル家の人間である彼とは、王家に連なる血を持つエリックよりも気兼ねなく付き合える上、それなりに話もあって、二人の喧嘩の事さえ無ければ良い友人ではある。

 王太子と大公家の二人は余りにも身分違い過ぎて、出来れば関わり合いになりたくないが、総帥の孫だけは話が別だ。ローレンツォレル家とはいろいろとそれなりに付き合いがあるので、将来の事を考えるなら彼とだけは仲良くしておきたいとも思っている。


 けれど……この状況はまずい。自分自身が渦中にいるのも、やはりまずい。


 あの模擬決闘の後──エリックの過ぎた侮辱に対して、総帥の孫は彼に二つの謝罪を求めた。総帥の孫自身と、私への謝罪である。


 当然私の事を疎んでいるエリックはその要求を突っぱねた。

 するとジークハルトは、謝罪があるまでは友人関係を見直させて貰う、と大衆の面前で宣言し、以降彼はエリックに対して話し掛けもしないようになってしまったのだ。

 案外落ち着いて見えたジークハルトもやはりやる事は子供じみている……などと言っている場合ではない。


 まずい。……私が原因となって王太子の側近の仲に罅を入れている。今はまだ子供の諍い程度の話で済んでいるが、王太子が帰ってきた後ここから更に話が拗れたらと考えると、……頭が痛い。


「そういえば、そろそろその……良ければ名の方で呼んでくれないだろうか、二人共。特にカルディア伯爵は他のローレンツォレル家の者とも付き合いが多くあるだろう?」


「……ん、ああ……?」


「それと、俺もモードンのようにカルディア、と呼んでも良いだろうか。正直、それが許されるくらいに親しくなったと考えているのだが」


「あぁ……そうだな……?」


 頭の痛みを堪えている間に総帥の孫が何事か話し掛けてきていたが、正直あまり聞かずに曖昧に相槌を打ってしまった。

 慌てて正気に戻った瞬間、やけに上機嫌な総帥の孫が視界に入り込んで来て、やや嫌な予感がする。


「そうか、ありがとう。それではこれからも宜しく頼む、カルディア。モードンも、良ければ名で呼んでくれ」


「そう?光栄だな、親称を許して貰えるなんて。僕の方も是非名で呼んで欲しいな」


 ……ちょっと待て。呼び方の話か。

 貴族同士は、プライベートの呼び方によって親密度が大きく異なる。最初は敬称或いは称号付きで呼び、親しくなったら敬称略、更に親しくなると名で呼び始めるのだ。


 適当に返事をした事を激しく後悔した。

 これがますますこの喧嘩騒ぎの激化を引き起こさなければいいが……と、こちらを凄い表情で睨んでいるエリックを見て、まあ無理かと即座にその甘い考えを破棄する。


 王太子が学園に戻る前にエリックをどうにかするか、総帥の孫をどうにかするか、動かねばならないだろう。

 ……ああ、頭が痛い。もう帰って寝てしまいたい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ