04 亀裂と癒着のバランスを
「そうだ、折角だから、私の友人達を紹介させてくれる?」
「は、有り難き幸せに存じます」
軽い礼を取ると、王太子は取り巻き達を視線だけで呼び寄せた。違和感のないその仕草は流石は王太子といったところだろうか。
「皆、紹介するね。こちらはエリザ・カルディア・エインシュバルク下級伯爵。エリザ殿、彼等はドーヴァダイン大公家子息のグレイス子爵とエリック男爵。それから彼はローレンツォレル侯爵家のジークハルト男爵だよ」
「ご紹介賜りました、エリザ・カルディア・エインシュバルクと申します」
ずらりと並んだ美少年に、流石に壮観だなと心中感心した。血を重ねた歴史ある家柄の人間にふさわしく、それぞれ整った顔をしている。ぼんやりとした記憶の印象よりも面差しが幼く思えるのは、その時点よりまだ一年早いからだろうか。
「ふうん、あんたがそうなんだ。武勲で成り上がったと聞いたから、まるで女のようななりと名で驚いたよ」
「そうだな。騎士服よりも余程ドレスの方が似合いじゃないか?」
聞き耳を立てていた周囲がざわりとさざめいた。
挨拶も返さず、にっこりと笑いながら不躾な事をのたまったのはグレイスとエリック、と紹介された少年達。ドーヴァダイン大公家の子息達で、王太子のはとこにあたる王族の血縁者だったか。
容姿はどちらとも完全に父親譲りらしく、腹違いの兄弟にも関わらず双子のようによく似ている。肩下程まで伸ばした赤髪を後ろで一括にし、鬱金色の瞳もまるで鏡合わせのようだ。ゲームでも確か、そういうポジションのキャラクターとして演出されていた。
そのゲームの中では優秀だという設定だったと思ったのだが、記憶違いだったのか。公式の場で、王太子の紹介で、面と向かって私をはっきりと貶める発言を吐けるとは。どうにも頭は軽いらしい。
「これでも父親似の容姿だそうです。聞くところによると生き写しだとか。……戦場での事は、運も良かったのです。我が領軍は練度こそそれなりに自信がありますが、少数ですので。小さく囲った敵部隊の中に指揮官がいたのは、完全に運としか言いようがありません」
自分の表情筋がピクリとも動かない事を感じながら、相手の小さな悪意を躱すための言葉を吐いた。
「父親似、ねえ。知ってるぞ、領民を嬲り殺しにして領地を荒廃させた、悪魔と名高い男だろう?」
相手にされていない事を鋭敏に嗅ぎ取ったらしく、エリックが苛立ちを混ぜてさらに悪意ある言葉をぶつけてくる。
私はちらりと周囲に気を配った。今や聞き耳を立てていた者達は、私達の険悪な雰囲気に固唾を呑んで硬直していた。王太子と、残り一人の取り巻きであるジークハルトも、どうエリックを止めようか考えあぐねているようだ。
「──ええ、その悪名高い男で間違いありません。前領主が領地に為した悪行は本当に厄介なものですよ。何しろ、未だに完全には復興が終わらない。もう五年くらい早く儚くなってくれれば、と叶わぬことを望んでしまいます」
「馬鹿な事を。五年早く父親が死ねば、あんたがこの世に生まれる事もなかった」
「産まれる以前であれば、それでも特に問題はありませんでしたが」
淡々と答える。それが相手を煽る答えだろうという予測はしていた。エリックは酷く苛立たしげに首を振る。私の答えが酷く気に障ったらしい。
──これで、少しは距離が開くだろうか。
それぞれの家の嫡子・嫡孫であるグレイスやジークハルトではなく、エリックに悪感情を持たせたいのは、そんな酷い打算があるからだ。
卒業後も貴族として関係が続いていく自分より家格の高い相手には、無駄に寄って来られても困るが、嫌われてもやりにくい。エリックは庶子だから、そう将来関わる事も無いだろう。
「エリック」
今にも怒鳴りだしそうな様子で私を睨みつけているエリックの肩を掴むようにして、グレイスが彼を制止した。ぼそぼそと何かを耳打ちして、そのまま彼を引き摺ってダンス・スペースの方へと消えていく。
一応今のところは私の方が身分は上の筈なのだが、目礼すらも無かった。グレイスとの仲も険悪になるのはあまり歓迎できないが、まあ、大公家など上級貴族院に入らなければそう付き合いも無い相手だ。仕方ないかとさっくり割り切って、放っておくことにする。
「……友人が無礼を」
やがてぎこちなく頭を下げたのは、ジークハルトだった。彼は王国軍の総帥を務めるローレンツォレル候爵の孫で、光にあたると金に輝く、鳶色の鋭い目が酷く特徴的な黒髪の少年だ。祖父に良く似た精悍な面差しには、アークシア王国最大規模の武門貴族を率いる家の嫡孫に相応の覇気がある。四人の中で最も背が高く、体つきもしなやかで、一目で武門の貴族の子弟だと分かる。
私もエインシュバルクの名に連なる以上武門の貴族として扱われる事になるのだろうが、彼と見比べると自分の身体が恐ろしく薄っぺらいものの様に感じられた。性別の差はやはり大きいという事か。
「お気になさらずに。私の方こそ、彼の気分を害してしまったようだから」
肩を竦めてみせると、総帥の孫はほっとしたように息を吐いた。その様子がクラウディアのものとやや似ているように思えて、やはり血縁だなと感心する。
「ローレンツォレル候爵はご健勝だろうか?戦場では、随分お世話になったが」
「祖父に関しては、きっと貴方の方がよくご存知だろう。同じ家には住んでいたが、最後に顔をまともに合わせたのは戦前だったから。今は随分忙しそうな様子だ」
「ああ、なら少し前に起きた交戦の後始末をされているのだろう。負傷兵も多かったが、捕虜も多かった。その上敵国が新兵器の投入までしてきたからな。和平が為されない以上、次の交戦に備えなければならない」
王国軍は官軍で、領軍は私軍の扱いとなる。故に国家間の戦争となると、その処理の殆どは王国軍や王立騎士団が負う事になる。謹厳なローレンツォレル侯爵の事だ、率先して仕事にあたっているのだろう。
エルグナードも忙しそうにしていた事を思い出しながら、そう答えた。
「……カルディアの領軍は、負傷兵は?」
黙って話を聞いていた王太子が、静かにそう尋ねてくる。王国軍の負傷者の数を知っているのか、深刻そうな表情だった。
戦闘の規模からするとそれほど多くはない──むしろ非常に少数で済んでいる方だが、何しろここ六百年は例の無い巨大な戦争となっている。母数が増えた分、勿論子数も増えている。
「幸運な事に、我が軍は殆ど無傷のまま戦地から帰還致しました。我が軍は主に騎兵部隊で構成されていますので……歩兵部隊が主である王国軍とは、事情が少々異なります」
「そう、それはよかった。初陣から武勲を獲得、軍はほぼ無傷で帰還か。華々しいね。それに、とても頼もしい」
王太子がにこやかに言祝いでくれるのに、僅かに自分の唇が苦笑の形に歪んだのを感じた。
「有り難きお言葉です」
そうか。彼は私の初陣が本当はいつの事なのか、知らないのか。