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03 あれこれ無駄に思い出したり

「おい、見ろ……あれ、確かカルディア伯爵だ。黒髪に血のような瞳、間違いない」


「ああ、あれが残虐非道と噂の好血伯爵か……」


 ホールの中に満ちたざわめきに紛れて、ひそひそとそんな声が幾つも聞こえてくる。伯爵位を得た私は学習院内では王太子の次に身分が高いこともあってか、無駄に注目を集めてしまっていた。

 王都で暮らす宮廷貴族は領主貴族よりも絶対数が多い。どうやら第二の王都内には、親から子へとで悪評の方が広まっているようだ。

 貴族院とはまた微妙に異なるパワーバランスを横目で観察しつつ、私は惰性である人物を探してホール内をゆっくりと歩き回った。


 新入生歓迎のための夜会だというから少しくらいは顔を出すべきかと考えて出席したが、陞爵したばかりだからか無駄に遠巻きにされている。その上で視線は遠慮なく突き刺さって来るし、好き放題に言われているしで、まあ、正直あまり気分の良いものではない。


 目的の人物を見つけたら帰ってしまおうと思っているのに、なかなかそれらしき容姿は見つけられずにいる。

 ……どうせ挨拶する以外にその人に会う理由も無いし、帰ってしまおうか。気疲れからとうとうそんな風に考え出した私の肩を、誰かがぽんと叩いた。


「やあ、カルディア……いや、エインシュバルク伯爵。陞爵おめでとう」


 振り返った先には金髪碧眼の超絶美少年である。う、という声が出るのをを何とか抑えた。


「王太子殿下……」


 やたら柔和な笑みを浮かべた彼は、この国の王太子、アルフレッド殿下である。

 彼はやたらときらきらしい微笑みを浮かべて、私に向けて手を差し出した。

 私はその手を取って、少し迷った後に甲へと唇を寄せる。紹介人も居ない初対面の挨拶だから、とやや格式ばったものになったが、王太子の表情を見るに握手の方だったかもしれない。


 彼の姿はこれまで登城した際に何度か遠目で見かけた事はあったが、直接的に顔を合わせた事は無かった。

 それ故か、新入生代表として開会時に壇上で挨拶している姿を見て初めて、彼が私と同じくあの乙女ゲームに登場していたキャラの一人だという事をまたふと思い出した。こうして正面からその顔を見ると、学園の正門を見た時と同じように、乙女ゲームでの彼の朧気な記憶が浮かんでくる。


 確か王太子は他の攻略キャラクター達とも近しい関係性だったような、と思ってちらりと彼の取り巻きに視線を向けると、予想通りそちらにも既視感が湧いた。

 どうにも不思議な感覚だった。ゲームの登場人物の名前は酷く曖昧だが、視覚情報はしぶとく残っているらしい。


 朧な映像を現実に照らし合わせた所で、彼らが大公家の子息だったり、王国軍の総帥の孫であったりと、この国の次代を担う人材ばかりである事が判明した。

 いずれも将来、王太子の傍を固める職に就く者達だ。

 ……もしこの学園に賊でも侵入したらばと思うとぞっとしない。流石に要人が一学年に集まり過ぎてやしないだろうか。

 王国内に侵入し、平民街とはいえ王都を炎上させた女の事を思い出して、そんな嫌な思考が頭を過ぎった。


 その、やたら身分の高い取り巻き達を置いて王太子がわざわざ私に挨拶をしに来たのは、院内での爵位の序列のせいだろう。

 私などより余程爵位の高い家の子女はいるにはいるが、この国の厳密な身分法によればその殆どが爵位も持たない一貴族という扱いになる。

 何人かは既に実家の余剰な爵位を既に継いでいるかもしれないが、流石に子爵以上の位を襲爵している者は居ないらしかった。


「……殿下に置かれましては、ご機嫌麗しく。お声をかけていただき恐悦至極に存じ奉ります」


「うん、あなたと同じクラスになれて嬉しいよ。これからよろしくね」


 敢えて堅苦しく丁寧に取った臣下の礼に、王太子殿下は麗しく微笑む。

 ああ、これは……。ここまで優れた容姿をしているのであれば、強引に彼が王太子とされたのも少し理解できる気がする。

 優れた容姿は王の資質の一つだ。

 第一王子アルバート殿下は聡明さで知られてはいたが、容姿に関する評価は割とありきたりなものばかりだった。その評価をそのまま信用するならば、それなりに秀麗なものではあったのだろう。

 けれど、今目の前にいるアルフレッド王子の、目を疑うような端麗で繊細な面立ちとは、おそらく比較にならない筈だ。

 そして私と同じクラスに入ったという事は中身の方にも申し分は無いという事であり、その上血筋に関しても──第一王子とは異なり、その身に流れる血は純粋なるアークシア王家のものだ。


「ね、出来ればそんなに畏まらないで欲しいな。まだあなたは私の臣下ではなく陛下の臣下なのだし、何より折角学習院内なのだから。友人として付き合っていきたいのだが、駄目かな?」


 今の今まで全く理解出来ずにいた戦争の発端を掴んだ気がして思考に沈黙した私を、王太子の声が引き戻す。

 手の甲へのキスに不満顔だったのはそういう訳か。

  ……出来れば遠慮願いたい。そう口に出せたら、どれだけ楽な事か。彼が乙女ゲームの登場キャラだから、ではない。そんなくだらない理由で友人付き合いを決めたりはしない。


「畏れ多き事で御座います。殿下は次期国王となる御方。礼を欠く事などできません、お許しを」


「でも、三年間ずっとそんなコチコチのままでいるの?お互い疲れると思うよ。僕とあなたは身分的にも、付き合いが多くなると思うしね」


 ……いや、そんな事は無い筈。何を言っているんだこの王太子は。

 私は学習院内でこそ王太子の次に身分が高いとはいえ、ここを出れば単なる一伯爵でしかない。それも成り上がりの新参者である。侯爵や辺境伯ならまだしも、王太子とお近づきになるには身分が釣り合わない。

 同年代には公爵家の子女もいるのだから、そちらと付き合ってくれと本気で思う。貴族社会においては身分の釣り合わない付き合いなど無用な諍いの種にしかならないのだ。今でさえ褒章の件で散々顰蹙を買っている状況なのだし。


 とはいえ、残念ながら王太子の言葉を拒否出来ない所がまた身分制度の辛い所である。


「……殿下のお望みのままに」


 結局しぶしぶ了承の意を示すと、王太子は実に華やかに笑んでみせた。眩しくて目が潰れそう、やめてほしい。


「ありがとう、伯爵。ところで、聞いていいかな。どうしてここでも男物を着ているの?」


「学則に爵位持つ生徒は軍の礼装を着用との事でしたので」


「それは知ってるけどね……」


 私の服装に戸惑う王太子に、無理もないと自分でも思う。私の服装は相変わらず、男物の礼装だ。

 学習院には制服の規定は無く、普通の貴族の子女達はそれぞれ私服を用意してくる。特に令嬢であれば、他人の目があるため毎日着飾るのがこの学院での通例だ。婚約の決まっていない令嬢達の殆どが在学中に相手を得るべく必死になっているのである。

 だが王太子が近衛騎士団の礼装を召しているように、私が領軍の礼装を着ているように、在学時点で地位ある者は軍の礼装を着用する決まりがある。そうする事で身分あるものと他の生徒を見分けが付くようにするのだ。


「……それは、女生徒であってもそうなの?」


「女生徒で爵位のある生徒は私が開校以来初めての例であるそうです」


 この格好を続けなければならない理由も、これまでと同じ。未成年の女性領主の前例が無いので、女性用の正装規定が存在していないのである。騎士団や領軍の礼装が正装であるとされている以上、貴族院だろうがどこかの夜会だろうがこの格好で行かねばならないのも、これまでと変わらず。


「ドレスよりは実用的ですから、この格好は自分でも気に入っております。服飾にかける無駄な出費が減って嬉しいくらいです。殿下が気にかける必要はございません」


「……ええと、……そう。それならいいんだ」


 王太子はやや困惑したように頷いた。

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