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悪役転生だけどどうしてこうなった。  作者: 関村イムヤ
第三部『デペイズメント』・序章

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00-6 リトクス台地の戦い・下

 黒の山脈(アモン・ノール)の低山地帯へとバンディシア高原から抜ける際には必ずその付近を通る位置にリトクス台地はある。


 アークシアへの情報漏洩を確信出来ていないリンダールの軍勢は、まずは斥候部隊を放ってきた。

 ここに私達が居るか居ないかを確認しに来たのだろうが、その行動を前提に作戦を組み立ててあるのだ。期待通りに動いてくれて助かる。

 ラスィウォクの鼻やクラウディアの目のお陰で斥候部隊の接近は察知していたが、敢えて手を出さなかった。彼等にはここで見た物をきっちり自分の部隊に話して貰わねば困るので。


「クラウディア、どうだ」


「うむ、土埃が上がっているな。リンダールの軍が来るぞ!戦闘だな!」


 ……勿論、その土埃とやらが見えているのはクラウディアだけである。

 少年マンガの世界に帰れ、と相変わらず反射的に浮かんでくる言葉を飲み込んで、私は明らかにワクワクしている彼女からそっと目を逸らした。



 長い行軍を経て台地の下に辿り着いたリンダールの兵士達は、そこにある堀と、その先の磔にされた人々の林を呆然と見詰めていた。この場で上から矢を浴びせ掛けても良いが、鞭として憎悪と恐怖を煽るにはこの後の演出が大事なので、敢えて向こうの動きを待つ。


 向こう兵士の混乱と動揺が広まっていく様が見て取れた。

 指揮官連中はまずは足並みを揃えようと抑えているようだが、捕虜の中に見知った顔がいるのか、堀に突っ込もうとする兵士達の騒ぎがここまで伝わってくる。

 やがて指揮官の努力も虚しく、徴兵された農民のような装備の兵士達が陣を崩してわらわらと駆け寄ってきた。諦めたような顔をした馬上の騎士がそれらの群衆を追い越して、真っ先に堀の目前までやって来る。


「アークシアの者達よ!!これはあまりに酷い!あまりにッ!騎士道処か、人道にも悖る行いであるぞッ!!」


 その、騎士に向かって。私は高台の上に立ってみせると、手に持っていたものを放り投げた。

 私に対して子供が何をと訝るその騎士は、足元に転がったものを見た瞬間顔色を無くす。

 それは、少年兵の首だった。デンゼル人の特徴が一目見て分かる程色濃い顔立ちのそれが、恐怖と苦痛に目を見開いている首である。


「家に忍び込もうとするネズミ共の駆除如きに、人道などと笑わせるな!」


 絶句する騎士に、そう吐き捨ててやる。


「そもそも、降伏勧告を退け、この者共に死をくれてやったのは我々ではなく貴様等だ。これが貴様等の愚かさの招いた結果だと、その野蛮な頭に刻み込んでおけ!!」


 ……駄目だな、上手く嘲笑を声に乗せられなかった。母国から切り捨てられて世にも惨たらしい最後を迎える事になった捕虜共に、流石に感じてしまう哀れみのせいだな。

 敢えて悪印象を持たせると決めたからには、ここで声に込めるべきは軽蔑ではなかった。どうやら私は役者には向いていないらしい。


 その騎士には戦場での騎士道とやらが根付いていたのだろうか。倫理観が崩壊したかのように呆然と立ち尽くして私を見上げたそいつを、今度こそせせら笑ってやる。

 後ろから烏合の衆となって暴走する兵士が迫ってくるのにも気づいていないらしい。


「どうした、ネズミ。戦を始める気が無いのか?ならばそこで大人しく見ておけ。これより、リンダールの捕虜囚の処分を始める」


「何をっ……!?」


 構え、と背後に控えたギュンターに合図を出した。

 立ち尽くす騎士の存在など目に入らないかのように、リンダールの兵達が堀の中へと飛び込んだ、その瞬間を狙って放て!と叫ぶ。

 弓に火矢を番えた私の兵達が一斉に台地の上に立ち上がり、間髪入れずにそれを堀と杭に向けて放った。それは捕虜共に事前に浴びせかけておいた油に勢いよく引火し、また堀の中に流し込んだ油も同時に燃え上がる。


 ゴウ、と一気に立ち上る熱気に身を伏せる。

 まだ生きている捕虜と、考えなしに突っ込んできた兵士達の、生きたまま焼かれる悲鳴が台地中に散々反響した。


 ……それは、自分の知る最も気分の悪い光景の再現だ。とにかく敵に悪夢を植え付けるのに最適だろうと判断して、敢えてそうした。未だに夢に見るあの光景よりも規模が大きい分、もっと悪いのかもしれないが。

 冷や汗が全身から噴き出す感覚に、膝から力が抜けそうになる。やはり酷く気分が悪い。斧槍の柄を支えにして再度立ち上がる。


 突っ込んで来た連中は皆焼けている。そうでない兵士達は、燃え盛る炎を前に様子を窺っているらしい。

 油の量はそれほど多くは無い。盛大に燃え上がった炎は、すぐにでもその勢いを失ってしまうだろう。


 相手に冷静になる時間を与えぬよう、相手の感情を揺るがして統制を崩すよう──私は、更に腐りきった策を用いる。

 恐らくこの作戦の事が知れ渡れば、父の悪評など全て私の名で塗り潰される事だろう。流石はあのオウウェの娘、と皮肉たっぷりに言われていたのが、恐怖と侮蔑でもって逆転するのだ。


「ラスィウォク、連れて来い!!」


 最も忠実な私の僕が、それを引き擦って私の隣にやって来る。

 地面を乱暴に轢かれて尚、碌に悲鳴も上げられない程に弱った、縄に繋がれた捕虜の少年兵達──徴兵された平民で、捕虜として価値の無い存在と判断された、アークシアでは既に『死体』として扱われる者達。

 私と殆ど年齢の変わらない彼等を、私はリンダールの兵士達に見せつけるように、火に包まれた杭の上へと突き落とした。

 一人二人も落ちれば、立つ事さえ覚束ない彼等は踏ん張るも出来ずにずるずると火の中へ落ちていく。或いは、尖った杭の犠牲となるか。


「──やめろ!!どこまで腐った真似を!!」


 逆上した怒号が炎の音を超えて響いてくる。私はその声に向かって弓兵隊に矢を打つように指示を出した。理性的な者を優先して殺すか、地に伏せさせるのだ。ここでの戦いを最初から最後まで優位に運ぶために。

 感情を弄び、相手を兵からただの暴徒にまで貶めてやる。そうすれば、悪評を国に持ち帰る敗走兵も、エルグナードからの注文である捕虜も──八つ当たりじみた復讐という名の殺戮も思いのままだ。


 台地の下はものの数分で阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。

 思惑通りの光景に、様々な感情が複雑に折り重なった挙句、私の口から出て来たのは高笑いに似た引き攣り声だった。

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