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悪役転生だけどどうしてこうなった。  作者: 関村イムヤ
第三部『デペイズメント』・序章
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00-5 リトクス台地の戦い・上

 そもそもカルディア領内ではデンゼル公国に対する感情は最悪にまで落ち込んでいたし、中でも数度に渡って領民や身近な存在を害され、自分も命の危機に瀕した覚えのある私がデンゼルを含めたリンダールの民に憎しみを抱いているのは、そうおかしな事では無い筈だろう。


 何が言いたいかといえば。

 掛ける情けも払う敬意も無いので寄らば殺すぞ、問答無用で。と、いう事だ。

 目に入ったからには逃げても殺す。そして今は戦争中という事で──誘き出して、殺す。

 運が悪かったな。お互い様だ、諦めろ。




 拡大した戦線は南北に伸び、下はプラナテスの領土の半分程、上は海まで、局所的な戦闘が相次ぐようになった。

 とはいえバンディシア高原を抜けて黒の山脈(アモン・ノール)を超えるのは無理だろうし、北の海も山脈から流れ出た氷山だらけでとても航海など不可能だという話だ。

 そういう訳で、やはり大平原の戦場が主戦となり、ジューナス辺境伯領の方ではユグフェナ王領とプラナテスの境となっている紅の森での防衛戦が繰り返されているという。


 王軍が参戦しているのは大平原である。防衛戦だというのに押し気味の戦況となっていて、緩やかに進撃中との事だ。

 侵略戦争を仕掛けておいて相手国に国境を拡げられるというのは、戦略的には大敗北の筈なのだが。リンダール側が何処に勝利の基準を置いているのかが不透明だ……いや、末端の領主貴族に過ぎない私には関係の無い話だな。


「おい、火矢の用意が出来たぞ、御館様」


 相変わらずのぞんざいな口調でギュンターに声を掛けられて、私は高台から眼下に広がる光景を見下ろした。そこには百人近くもの人間が杭に磔られているという、惨い光景があった。

 引き取った捕虜……というより、処刑囚達である。先の会戦から碌な傷の手当もされぬままに処刑が決まったため、磔にした時点で死体となっている者もいた。


「……全く、えげつねえ事を思いつくぜ。お貴族様特有の上品さなんざカケラも身につかなかったってか」


「嫌な思いはさせていると分かっている」


「ああ。五、六年前なら敵兵じゃなくてお前をぶっ殺してたところだぜ」


 叩かれた軽口の容赦の無さに、思わず苦笑が漏れた。


「今はどうなんだ?まだ殺したいか?」


「今は……そうだな。御館様が何を考えてわざわざえげつねえ手を使うのか、分かっちまうからなぁ」


 ふうん、と私は少し笑った。そうして、傍らで暇を持て余すラスィウォクを撫でながら、高原の地平線を眺める。

 アークシアの北方とはまた別の意味で不毛の土地であるバンディシア高原は赤茶けた砂礫に覆われており、人の住む土地ではないと一目で感じさせられるような場所だった。

 シル族の者の話によれば、もっと北に行くなり黒の山脈(アモン・ノール)の山麓に近付くなりすれば、僅かながら植物が存在するのだという。その僅かな植物を渡り歩いて遊牧の生活をしていたそうだ。


「……王軍の総帥閣下は公平な方だ。敵に対してもな」


「何の話だ?」


 私の急な話題転換に、ギュンターはやや戸惑ったようだった。ギュンターと私が話をしていると見てアジールとオスカーも傍に寄って来たが、二人は黙って私の話を促した。


「言い換えると、敵の尊厳を味方と同等に扱おうとする方だ。王軍の捕虜は直ちに傷を手当され、十分な食事と休養を与えられ、きちんと清掃の行き届いた牢で温かな寝床に入ったという」


「騎士道の行き届いた至上の軍ですからね、王の直属軍というものは」


「捕虜の方がよっぽど良い扱いを受けてねえか?俺達だって最近は食料を徴収されちまって、飢えはしねえがひもじい思いをしてるってのによぉ」


 アジールの吐き出した不満に、私はこくりと頷いた。


「徴収自体は前線に立つ条件として全て取りやめさせた。寧ろ配給が来るようになる。戦に関わっていない領から取り立てろとジューナス辺境伯が一喝して下さったからな」


「ありがてえ話だ」


「問題はアジールの言った通り、捕虜が良い扱いばかりを受ける事だ。……何事にも果実と鞭の使い分けが必要だと思わないか?侵略戦争を仕掛けてきた相手に、全面的に人道的に接してやる事は一体何を生むだろう?」


 これまでのアークシアの戦は、戦そのものが鞭の役割を果たしていた。圧倒的な兵力差によって一息に押し潰す、唯一の強大な国家だからこそ出来た事だ。

 だが今回の戦はそうではない。リンダール連合王国は、アークシアと同等の兵力を有する国だ。与える鞭が新たに必要となる。


 見張りの兵が視界の端で領軍旗を振り始めた。リンダール兵が見えた、という合図だ。

 傍らの斧槍を掴んで、立ち上がる。


「……それは、つまり、我々が鞭になるべきだと?リンダールにとっての恐怖と憎悪の象徴になろうという事ですか?」


 オスカーが話を纏めると、アジールとギュンターは顰めた顔を見合わせた。


「そうだ。ユグフェナ城砦の方々とも話し合ったが、王軍が果実の役割を果たし、それ以外が鞭になるべきだろう。二極端な対応を取ることによって敵兵の感情を乱し、士気の低下を狙う。戦争の終結を早く齎すためにな」


「おい、待て。具体的に俺達をどうしようってんだ?」


 ギュンターが私の肩を掴んだ。昔よりずっと近くなった彼の瞳を真っ直ぐに見返して、端的に答える。


「リンダールにとって私達は、お前達にとってのオウウェ・カルディアになる」


 ──流石に一発殴られるか、と思って歯を噛み締めたが、衝撃は来なかった。


 恐る恐る見上げると、ギュンターはフン、と鼻を鳴らす。


「何を考えてわざわざえげつねえ真似をすんのか分かっちまうから、とついさっき言ったばかりだろうが。胸糞悪いがやってやるよ、クソガキめ!」


 息を緩めかけた瞬間、ベチン、と随分痛いデコピンを食らった。驚いて反射的に手の平をそこに当てる。

 相変わらず妙に回りの悪い頭が少しは良くなりゃ良いがな、と良く分からない事を吐き捨てて、さっさとギュンターは自分の歩兵部隊に戻って行った。

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