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悪役転生だけどどうしてこうなった。  作者: 関村イムヤ
第三部『デペイズメント』・序章
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00-2 歴史の裏側にて・下

 敵兵の目前を掠めるように一気に駆け抜ける。

 逆手に握り締めた斧槍を、槍と槍の間を潜らせるようにして力任せに薙ぎ払った。

 血の雨が降る。先頭の私がこれ程返り血塗れになるのだから、おそらく後続の兵達は真っ赤に染まっているのだろう。

 戦場では返り血を浴びるくらいが、迫が付いて丁度良いのだとエルグナードは言っていた。猶父(おやじ)殿の言う通りに、派手に血を浴びれば敵兵から避けてくれるようになるだろうか。

 そんな考えから、ラスィウォクの駆ける勢いに任せ槍ごと敵兵の馬の首を叩き斬る。途端に崩折れる馬体の上がる悲鳴に被せるように、腹の底から怒号を叫んだ。


 重装騎馬兵の影に隠れるようにして銃を構える兵士に、上から斧槍の穂先を叩き付ける。重たい鉄の塊が数秒ほどその重たさを引き擦る感覚がした。

 これで五。逃した奴は後続が刈り取っているだろう。後方で火薬が爆ぜる音がした。今のは発砲音じゃない、という事は暴発か。武器ごと爆ぜて周囲を巻き込んだのか、重い物が幾つも地面に叩き付けられた音がした。

 どうか私の兵の音があの中に混じっていませんように。


 密集陣形は兎に角横からの攻撃に弱い。本来ならその側面を守る筈の騎兵は、数の多いアークシア軍の包囲を優先させたのか、右左翼の陣の両端に配置されていた。

 ……アークシア側の騎兵は中央軍の中心前方に集められていて、包囲される前に突破する事を目的としている。リンダール側はそれを銃で押し留める魂胆だったのだろうが、土壇場で後方支援から押し出された余り物の私達はその勘定には含まれていなかったらしい。


「蹴散らせ、ラスィウォクッ!!」


 私達の進撃を止めようと進み出てきた敵兵に、斧槍の先を向ける。私の声にラスィウォクが咆哮で応えた。肉食獣のそれは、本能的に人を萎縮させる音となる。

 暴風と共に狼竜の巨体が整う前の人垣に突っ込んだ。やや狙いの逸れた槍の穂先をラスィウォクの鱗が力任せに弾き、或いは圧し折って、馬と人の壁を容易く引き裂いて散らす。

 わああっ、と悲鳴が上がった。私の後に続く幾つもの重たい馬の蹄の音が、それを断末魔の絶叫へと変える。金属鎧が変形し、汁気の多いものが弾ける音を無駄に良い耳が拾い上げた。


「離脱だ!本隊と合流する!!」


 そろそろ銃兵は粗方に潰し終えただろう、と、後方をちらりと確認する。敵陣は完全に混乱に陥っていた。密集していた陣形が為す術もなく側面前方から斜めに削り取られたのだ、これで混乱しない方がおかしい。

 斧槍を掲げ、それを右に傾けた。私の合図を見て後方に更にテオメルが兵士達へと離脱の指示を出す。シル族の戦士を中心にして編成した優秀な軽装騎馬兵達は、その瞬間馬脚を揃えて斜め右前に一斉に疾走を開始する。


 左翼から伸びて来ていた白兵の戦線を真横から追い抜くと、その先にクラウディアがいた。


「直進!今なら挟んだ兵共を引き剥がして囲い込めるぞ!」


「やれ、許す!!」


 彼女が言うなら間違いないと即断する。後続の兵士に、オスカーが隊毎に迅速に指示を出していく。

 戦闘をしていたアークシアの歩兵を離脱させ、羊の群れを追い立てるようにリンダールの兵をアークシア側へと追い詰める。

 どれほど囲い込めたか。……ざっと二百から三百程?同数の兵を団子に出来たなら上出来か。幾らか軽装騎兵も混じっている。下級の指揮官か。


「殺せ、どうせ捕虜の価値も無い雑兵共だ!」


 やめてくれ、と悲鳴が上がる。槍を構えた私の兵士達が、有象無象となった敵兵達を外側から削ぎ殺していく。

 陣形を崩されて囲い込まれた兵は無力だ。内側の兵は攻撃する術を持たず、外側の兵によって押し潰される。外側の兵は中から押されて隣の兵との連携も禄に取れずに倒れるばかり。


「馬上から一方的に殺戮とは!アークシアの者は残虐極まるッ!騎士道どころか人道をも忘れた人でなし共めがッ!!」


 馬を斬り殺され、その上から転がり落ちたやや身成りの良い男が喚いた。丁度私の目の前で。

 その男はラスィウォクに気がついたのか、ハッと顔を上げて私を見た。その目に驚愕が、続いて憎々しげな感情と同時に侮蔑の色が浮かぶ。


「正々堂々馬を降りて戦えッ!!卑怯者の腰抜けの子供めが!!騎士の誇りに掛けて、今ここで私と決闘を──、」


 私に向かって吠えた男は、一瞬不思議そうな顔をした。

 そうして、私の投げた剣が己の首を貫いている事を認識するなり、耳障りな喚き声の代わりにガボリと大量の血を吐いた。ばたりと地面に倒れ込んで、それきり何も喋らなくなる。


「……戦場に卑怯も何もあるか。あるのは死だけだ」


 吐き捨てて、ラスィウォクから飛び降りる。男の死体に近付いて、剣の柄に手を掛けた。

 上位騎士の紋章が男のマントの留金に光っているのを見つけ、ふん、と息が漏れる。私は領主であって、騎士ではない。貴様と違って騎士道など知った事ではない、と。そもそも、子供と見て決闘をと叫ぶ奴に騎士道だの人道だのと言われる筋合いは無い。

 剣を引き抜き、代わりに斧槍を振り下ろしてその首を切り落とす。

 少なくとも騎士階級らしきこの男の首が手柄の数に入れば良いのだが。こんな戦の前線になど立たされたのだ。褒章金は多いに越した事は無い。




 留金ごと引き抜いたマントに首を包んで無造作に領軍の兵に投げ渡したそれが、予想だにしない自体を引き起こす事になるとは──その時の私は勿論知る由もなかった。

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