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悪役転生だけどどうしてこうなった。  作者: 関村イムヤ
第三部『デペイズメント』・序章
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00-1 歴史の裏側にて・上

 ユグフェナの東に広がる大平原は、実に六年振りの戦火の騒乱に包まれていた。


 最早王都では殆ど忘れられたその小さな防衛戦に、僅か五十名という貧相過ぎる領軍を引き連れて戦列に加わった事を思い出す。

 『秘匿された防衛戦』などという巫山戯た名前で呼ばれるようになった、国家間の小競り合いとしてすら認められぬまま人々の記憶に埋もれたそれが、私の本来の初陣の筈だった。名目上では此度の戦が初陣という事になるらしい。

 カルディア子領軍、数二百五十名。そのうちの半数以上が騎馬兵という珍しい編成のその未だ小さな領軍を率いて、十二歳になった私は王立騎士団の部隊の左隣に轡を並べる事となった。


 ──あれ、可笑しいな。うちの領軍は国境に接する領の後方支援を主とした部隊にすると言っていた筈じゃなかったか?どうしてこうなった。




 リンダール連合公国、デンゼル公爵軍、総勢三万人。対してアークシア王国軍、動員数四万八千人。

 大平原を埋め尽くす黒い人の群れの立てる、剣戟と怒号、悲鳴、断末魔、火薬と馬蹄が地を揺るがす。


「クソッ、何だあの矢は!音と威力に兵の士気が落ちて、中央軍の前列が崩れ始めてるぞ!!」


 アークシア軍の中央、王軍の総帥が直々に率いる軍との連絡兵とした男が、馬を走らせて前線か戻るなりそう叫んだ。アルトラス訛りの酷いその怒鳴り声に、私は落ち着け、と返す。


「中央軍の中核を構成するのはこの国の頂点に位置する軍団だ。すぐに立て直す。それよりも──」


 歩兵の切り結ぶ向こう側に、火薬の一斉に爆ぜる高い音が響いた。

 戦が始まってこれで五度目だ。悲鳴が劈いて、周囲の兵士がどよめきを上げて萎縮する。


 ──銃、だろうか。六年前、ユグフェナ城砦の中で爆薬の火にまかれて逃げ回った記憶を思い出す。火薬の研究をする中で、デンゼルがあの兵器を開発した可能性は十分にある。

 弓と剣と槍で戦う戦場に、突然予備動作の少ない未知の兵器が出現したとするなら、その銃弾に晒された兵士の混乱は当然の事だろう。見ただけで仕組みが分かない、いつ放たれるかも分からない、そんなものに鎧を纏った身一つで突っ込んでいかねばならないというのは恐怖でしかない。

 それがこの世界の戦争なのだから、仕方ない事ではあるが。


「……予定より北側に進軍が逸れていますね。敵軍、味方軍、両方の意識の外にいる。このままでは危険過ぎるかと」


「分かってる、オスカー」


 傍らのオスカーが諌める声に頷いて、どう動くべきか、限界まで頭を動かして考える。決断まであと三十秒、それ以上は使えない。

 

 後方支援にと補充された内々地の領軍共に押し出されるようにして、前線に立つことになってしまった二百五十名の我がカルディア子領軍は、開戦の際には中央軍と左翼軍の間に陣を張っていた。

 敵の陣との衝突による混乱で予定より左側に流され、現在は逆方向に向かう土煙のすぐ右側でそっと息を潜めているような状況にある。

 王国軍のどの隊列よりも突出して前に出てしまっているのだ。白兵戦のざわめきがすぐ背後から聞こえてくる。


 陣形を治すためには後退しなければならない。しかし後方は既に左翼軍の白兵戦が拡がって塞がってしまっていて、戻るには別の道を行く必要がある。

 そしてどういう訳か、同時に私達は敵の中央軍の無防備な右脇を捉えているという状況にもあった。


「……敵軍に認識されてないのを好機と見て、敵の新兵器を用いた部隊を撹乱する」


「うむ、面白い方の案だな!」


 覚悟を決めてそう言い放つと、もう傍らのクラウディアが好戦的に笑みを浮かべる。


「新しい矢とはどのようなものであったか、オルバーン!」


「人の身丈程もある、長い筒のようなものを担いでおりました!大きな音がしたと思ったら、筒の向けられた先にいた兵士が何人も倒れて……見えない矢を放っているようです!」


 戦場に似つかわしくない程わくわくとしたクラウディアの声に弾かれて、シル族の戦馬に乗ったその連絡兵は弾かれたように答えた。やはりデンゼルが新たに持ち出してきたのは、私の知る所の銃のようだ。


「その兵器を装備する部隊の様子は?」


「僅か三十名程の軽装歩兵団です。見えない矢を一斉に放つと、陣形を組む重装騎馬兵の隊列の内側へと引き返します。この騎馬兵が厄介そうで、馬の扱いに我々並(・・・)に慣れています」


 シル族並、という事は騎馬民族なのだろうか。旧アルトラス王国の土地であり、拡大したデンゼル公国に呑み込まれた平野部は無数の騎馬民族がかつては暮らしていたという。デンゼルに下った者達も居たのだろう。


「恐らく、従来の弓のように連射が出来ないのだと思う。新しい矢をその筒とやらに継がえるのに時間と手間が掛かるのだ。だから陣の内側にわざわざ引っ込む。……次に表に立った時に、その不意打ちを狙う」


「どのように攻撃を仕掛けるのか、何かお考えがありますか、エリザ様」


「……長い筒という事は、おそらく側面からの攻撃に弱い。騎馬兵は新兵器の護衛だと思う。デンゼル側が開発したばかりの兵器を失いたくないと考えていてもおかしくはない。軽装騎馬隊で列陣を組み、前列に出てきた長筒の矢の部隊を薙ぎ払ってそのまま中央軍に合流するのはどうだろう?」


 軽装騎馬兵隊の構成員は、今やその殆どがシル族の戦士達だ。騎馬を用いた攻撃であれば、彼らはこのアークシア軍の頂点と名乗れる実力を持つ。……私は、そう確信している。


「ふむ。撹乱の効果は十分に見込めそうですね。クラウディア殿にはギュンターと共に残りの部隊を率いて頂き、後方右の白兵戦の薄い層を抜かせましょう」


「オスカー、貴方もその隊に。状況によっては作戦の変更を任せる。私はテオと共に軽装騎馬隊の方へ行く」


「それは……危険です。軽装騎馬隊は私が」


 首を横に振ろうとしたオスカーを見下ろして、私は跨る巨大な狼竜の首をぽんと叩いた。誇らしげに鼻先を上げたラスィウォクは、音も無く片翼の羽を僅かに開いて、微風を吹かせてみせる。


「私の相棒を何と心得る?いざとなれば馬の三倍は早く走れる狼竜だ。それに、矢には滅法強い。確実に死傷者の数を減らせるぞ」


 反論は無かった。土埃の向こう側で重装騎兵の隊列が割れるのが見えた。列の間を何人もの兵士が一気に駆けて行く。


「では行くぞ!出来る限り生きて帰ってこい!」

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