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67 繋ぎ直した縁

 会議を無事に終え、解散を迎えた後の事だった。

 エルグナードが硬い表情をふっと和らげて、ちょいちょいと私を手招きする。ん?と首を傾げながら寄って行くと、彼は腰を深めに曲げて私に目線を合わせた。


「……三年ぶりだが、大きくなられたな、カルディア子爵。以前は完全にしゃがまなければ目線の高さが合わせられなかった」


「そうでしたか。あなたはあまり変わっていませんね」


「私はもう成長期が終わっているのでな。後は老いが来るまでそう変わらない」


 茶目っ気を含ませて、エルグナードは目尻に皺を刻む。エインシュバルク伯に良く似ている。三年前よりそう感じた。


「オスカーはどうだ?君の騎士になったと聞いたが」


「彼をご存知なのですか?直接の部下ではなかったかと思いますが」


「彼はあのテレジア本家の血を引く男だ。知らず存ぜずで通せる存在ではないからな」


 ……それはまぁ、確かにそうかもしれない。

 オスカーの祖母は腹違いではあるとはいえ、リーデルガウ侯爵の妹だ。有力な貴族家として一大勢力を築くテレジア家でも中心に近い血筋を持つ存在を気に掛けない訳にはいなかいだろう。


「有能な方です。テレジア伯爵に似て、仕事の効率が非常に高くて」


「やや熱中しすぎるきらいはあるがな。君も仕事を抱え過ぎる方だから、あのくらいの部下が一人いる方が良いだろう」


「ええ、はい、まあ」


 エルグナードはソファーに腰を下ろすと、私にも向かいのソファーを示す。座り込んで話すような事があるのか。私は大人しくその指示に従って彼と相対した。


「単刀直入に言おう。テレジア伯爵からひとつ頼まれ事をした」


「……、私に何か関係のある事を?」 


 テレジア伯爵がエルグナードに頼み事。その奇妙さに一瞬言葉に詰まる。

 エインシュバルク家とテレジア家にはそれほど深い関係は無いと思ったが、伯爵だけは個人的な繋がりを持っていてもおかしくはない。けれど、彼が個人的にエルグナードに頼みそうな事と言えば、私に関する事しか思い浮かばない。


 ここ数年ずっと体調の悪そうな伯爵がカルディア領から手を引く準備をしているだろうという事は、彼が血縁であるオスカーを私に寄越した時点で薄々察していた事ではある。

 あのまま働かせていたらどう考えてもあと一年持たずに死にそうなので、後任さえ用意して貰えるならば早めに引っ込んで養生して欲しいとは思う。……以前と違って、いつの間にか何の衒いもなくそう思えるようになっている。


「君が当事者だ。頼まれた内容はざっくり省かせて貰う。用件は、私の娘になる気はあるかという事だ」


 …………は?

 私は思わず眉間に皺が寄りそうになるのをぐっと堪えてエルグナードをまじまじと見据えた。

 娘にならないか、だって?私が、彼の?


「……養子縁組みをお考えで?」


「いや。悪いが、養縁ではなく猶縁関係だ。猶子の事は──その様子だと知らなさそうだな」


 エルグナードの端的な説明によると、猶子とは一切の法的権利が発生しない親子関係、だそうだ。

 そう難しく考えるな、とエルグナードはごく自然体で私に言う。名の貸し借りをするようなものだ、と。


 ──解せないな。彼に何の得がある?

 つまる所、彼の提案は背後についてやろうか、という事だ。

 だが二代続けて王領伯の地位を得た武門の大貴族に、悪名の纏わりつく小領地の小娘のバックアップに回ったところで、要らない苦労を負う以外に得られるものなど無い筈である。


「難しく考えるな、と言うのに。猶縁とは打算で結ぶものではない。古来のそれは気に入った相手を実子や実親のように気に掛けるという、希薄な関係だ。私が気に入らないなら話を振ってくれれば良いし、そうでなければ頷いてくれれば良いのだが」


「はぁ……」


「まあ、心配せずとも私にも利点がある。ここのところ血族共が子を設けろと煩くてかなわない。嫁が孕まぬのだから仕方の無い事だというのに、そうすると嫁と離縁して新しい女を、等と言い出す輩までいる始末だからな」


 良くある話だな、と私は相槌を打った。エルグナードももうそろそろ二十の半ばを過ぎた齢だ。国境城砦の騎士団長へと成った今、子を残せと締め上げが来るのは当然の事だろう。


「猶子を迎えた所で、実子を望む声が消えるとは思いませんが……」


「何、やりようはある。では猶縁ではなく養縁にしてしまおうか──と言ってしまうとか、な。大半は君の名前が出た時点で黙るとは思うが。一応武門ではあるのでな、君の名はそれなりに知られている。今回の件で更に拍車が掛かるだろう」


 首を傾げた私に、君はただの子供ではないから、とエルグナードは曖昧な言葉を添えた。


「因みに、我が父からも猶縁の話が君に届いているが」


「え、いや、それはちょっと。ご冗談でしょう?」


 さあな、とニヤニヤ笑って、エルグナードはおそらく冗談めいた事を言う。

 それで、知らずのうちに肩に入ってしまっていた力がストンと抜けた。相手の緊張を和らげようとする独特で心暖かい気遣いにも、何も変わりが無いらしい。


「……テレジア伯爵が頼んだというのであれば、私には何の意もありません」


「そうか。では、君は今から私の娘という事になる」


「そうですね。今後とも宜しくお願い致します」


「──思っていたよりも感慨深いものは無いな」


「まあ、何が変わったという事もありませんから」


 酷く淡白なやり取りを経て、この日、私には猶父が出来た。父様、と呼んでみると酷く奇妙な顔をされたので、エルグナード、と呼んでみると、どうやらそちらのほうがしっくりと来たようらしかった。

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