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57 紛糾する審議の場2

「何を世迷い事を」


 オーグレーン子爵はローグシア子爵の言葉を一笑に付した。家の中の片付けを終えてきたらしい彼には、訴えられても証拠が無いと堂々言えるという自信があるのだろう。嘲る様な様子で、眼光鋭く睨むローグシア子爵を見下すように見返してる。


「一体私が何をしたと?私は献身の心でもって、貴方の事業を何年にも渡って支え続けてきたではありませんか。現に今となっては、貴方の帳簿は黒字に──」


「オーグレーン子爵、発言を控えて頂けますか。ローグシア子爵の供述を聞きますので」


 ぺらぺらと喋るオーグレーン子爵を神官が遮る。子爵はぐっと言葉を詰まらせると、煩わしそうに神官を睨みつけた。子爵の背後に立つ憲兵が威嚇するようにカツンと床に槍の石突きを落として、ようやく彼は大人しく口を噤む。


「では、ローグシア子爵。先程のお話の続きをどうぞ」


 改めて司法公家の男から促されたローグシア子爵は、自分の告発を心底恐ろしいものだと思っているようだった。

 みるみるうちに顔面が蒼白になっていき、肩が落ちる。隣のフェイリアが戸惑いながらも気遣わしげにその腕を取ると、ようやく彼は口を開いた。


「はい。……端的に述べますと、私が彼、オーグレーン子爵との共同経営を行っていた事業で生産していた蜜蝋から中毒症状が見られた事で、私は彼を訴えるつもりでした」


「中毒症状?それは……本当ですか?」


 まさかこんな小規模な審判の場でそのような単語が出てくるとは思わなかったのだろう。司法公家の男の顔が驚きと猜疑で歪む。


「はい。微弱ながらも依存性が見られまして──その蜜蝋の製造法を持ち込んだのは、オーグレーン子爵なのです。彼は安全性の保障を製造法の売約証にサインしていました」


 訥々と話を始めたローグシア子爵を横目に、気の利く憲兵が丸っきり部外者のような立場になった私の前にそっと紅茶を差し出した。彼は受け皿に少しだけ零した滴を仰いで毒見とし、するすると引き下がっていく。流石は王都の憲兵か。躾が行き届いていて実にスマートな配給だった。


 さて、私が優雅に紅茶を啜っている間に、ローグシア子爵の供述は司法公家の男と神官両名の顔面を蒼白なものに変えていた。

 曰く、五年前からその依存性のある蜜蝋を生産し始め、卸しのルートはオーグレーン子爵に一任してあった。その蜜蝋以外に通常の取引用の蜜蝋も生産していて、二種類の蜜蝋の製造法にはそれほど違いは無いが、そちらの蜜蝋には中毒症状が見られない。


「二つの蜜蝋の違いとは、一体何なのですか?」


「それは……大まかにいえば、蝋の精製時にレンビアの果実から取れる樹脂を足す事です」


「レンビアの?まさか。レンビアの花には毒性は無い筈ですが」


 神官が眉を顰めた。確かにレンビアの花そのものには毒性は無いとされている。園芸種としてよく栽培されるあの花にそんな効果があるとすれば、人々に広く知れ渡っている筈だ。


「それが……熟れた果実から絞った樹脂を乾燥たものを蜂蜜と混ぜ合わせて燃焼させると、その煙には中毒性が見られるようになるのです。」


「聞いた事も無いですね……」


「レンビアの果実は熟れると目や鼻に染みるような強い異臭を放つようになるため、栽培されているものは基本的に全てある時期になると果実を摘み取ってしまうのです」


「はあ……なるほど」


 植物の管理を全て庭師に任せているであろう司法公家の男は曖昧に頷いた。一方神官の方は修道院で植物の世話をした事でもあるのか、会得がいったように頷く。


「確かに、貴方の言う通りにその蜜蝋の中毒性と製造法の売約証が証拠として認められれば、オーグレーン子爵はローグシア子爵を詐欺に掛け、国内に麻薬を密売した罪に問われることになるでしょう。貴方にも麻薬の密造に関わった罪が問われるとは思いますが……」


「待って下さい、私はそんなものには加担していない!全てローグシア子爵の出鱈目です。私は植物について詳しい事など何も知らない。そのような毒物の製造法など、どうして思いつけるでしょうか」


 そこで、堪え切れないようにオーグレーン子爵が声を荒げた。


「そもそも、あなた方ならば既に承知のとおりでしょう!私がローグシア子爵が脱税の疑いがあると数日前に秘密裏に告白した事を。彼は自分の不正を隠蔽しようと、私を陥れようとしているのだ!」


「何を!?」


 オーグレーン子爵の言い放った言葉に、冷静だったローグシア子爵がとうとう席をがたりと立ち上がる。


 憲兵隊のもののわりに美味しい紅茶を啜りながら、さてそろそろこの混乱極まり始めた場にカタをつけようかと、私は背後に控えていたオスカーにヒラヒラと手を振って合図を出した。


 大人って嘘ばっかりだなあと感心する。

 今回の件について、自前の情報収集能力の限界と見てさっくりとテレジア伯爵の情報網に頼った私には、二人の子爵の言い争いの醜い裏が思いっきり透けていて、そのよく回る二枚舌に呆れ返るばかりだった。

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