56 紛糾する審議の場1
ギュンターによって男を憲兵に突き出させ、調書を取らせた。
侵入者の男は万が一別の使用人に見咎められた時を考えてか、下級貴族の家ではよく見られるスタンダードなタイプのお仕着せを身に着けていた。
お仕着せというものは基本的にイージーオーダーで、予定に無かった急遽の襲撃の為に仕立てるのは不可能である。失敗した際の高いリスクを承知の上で尚侵入の成功の為にその衣装を着せたのだろう。
実際、裏地に縫い止められたオーグレーン家の紋章が決定的な証拠として扱われ、オーグレーン子爵はその日の内にカルディア家襲撃及び貴族の暗殺未遂の容疑を掛けられる事となる。
翌日の夕方には関係者と思われるカルディア子爵、オーグレーン子爵、そして侵入者の男の目標と思われたローグシア家の令嬢と、その父であるローグシア子爵が貴族街に位置する教会へと招集され、司法公家の人間と神官による審判が行われた。
この下級貴族間の諍いとして露見した騒動はたった数日で関係者数が膨れ上がり、百件近くの貴族の違法行為が取り締まられるという、大掛かりな事件の切欠となった。
子爵達は三者が三者とも、非常に厳しい表情であった、と審判を務めた神官は記録に記したという。
こちらを追い詰める側から一転、追い詰められる側へと追いやられたオーグレーン子爵は、表面上こそ平静を取り繕っていた。しかしその目は憎しみを点して──意外な事に、ローグシア子爵の方へと向けられていた。
対するローグシア子爵の方も、酷く冷たい表情でオーグレーン子爵を見返している。彼らの関係性が掴めず、何となく場違いなものを感じながら、私は二人を眺めるしかなかった。
まあ、実際襲撃の対象になったのはフェイリアであり、事実関係としては私はフェイリアの滞在によって巻き込まれたという立場に過ぎない。
水面下で火花を飛ばし合う子爵二人を見ながら、さて、どういう風に収集がつくのかと──私はこの怒涛の四日間を思い出して、その行く末に思考を巡らせた。
友人である私ことカルディア子爵が高熱を出したと聞いて、フェイリアは学園を飛び出し見舞いに行った。
しかし不幸にも私の病が移ってしまったのか、フェイリア嬢まで熱を出してしまった。熱のあるまま学園まで彼女を戻すわけにもいかず、そのままカルディア家に滞在させる事になった。
まず、これが私の家にフェイリアが留まった『理由』である。フェイリアが家へと来たその日のうちに学習院、ローグシア家、両方へと伝えたものだ。
あの日私が使いを出した先は五つ。
残る三つのうち一つは貴族院に宛てたもので、内容は翌日からの貴族院を欠席するというもの。
もう一つはテレジア伯爵宛てであり、現状とこれからの起こる事の予測、及びその予測に基づいてこれから私がとろうとしている行動を詳細に報告するもの。
あとの一つはカルディア領宛てだ。ラトカ・ギュンター・テオ・ラスィウォクの三名と一匹を王都へと召喚するためのものである。
「──つまり、カルディア子爵が貴族院から戻ってきた時には、邸宅に丁度滞在していた領軍の兵士によって侵入者は捕縛された後だったのですね」
司法公家の男が調書の内容を確認するのに、私ははい、と頷いて返す。
「その日の日中は貴族院に出席していましたので、直接襲撃の現場には居合わせませんでした。使用人達も出払っていて手薄になっていた時間帯だったようですが、フェイリア嬢がご無事で良かった」
しれっと言って見せたが、勿論全て嘘である。貴族院に出席したのは私ではなくラトカで、犯人捕縛の命令もその場で直接下した。
視界の端でそっと真実を知るフェイリアが顔を俯けた。そうそう、そのまま余計な事は言わずに黙っておいてくれ。オーグレーンとの婚約を破棄して、コルネイユ・フレチェと結婚したいと望むなら。
「申し開きがあれば聞こう、オーグレーン子爵。襲撃犯はオーグレーン家の紋章入りの使用人制服を着用していた。この紋の造りが家内用のものである事も紋章官に確認済みである。襲撃犯の責任の所在は君にあるという、十分な証拠だ」
「……確かに、カルディア家へと襲撃を仕掛けた者が着ていたものは、我がオーグレーン家の物でした。しかし、私はあのような者を雇い入れた覚えは一切ありません。家にある雇用帳簿を確認して頂ければすぐにでもそれが事実と分かるでしょう」
オーグレーン子爵は痛切な表情を装ってそのように述べた。
なるほど、と司法公家の男が呟く。一日でよく家宅捜索に備えられたものだ、と少しばかり感心した。家中を漁られても、何ら不味いものは出てこないという事か。
ローグシア子爵が忌々しそうにオーグレーン子爵を睨んだ。やはり彼も貴族と言うべきか、初対面の時の異様なほどの穏やかさはすっかり鳴りを潜めていて、別人かと思える程だ。
「それに、どうして私が自分の息子の婚約者を手に掛けねばならないのでしょう?」
「……私の娘をどうしようとしたかは知りませんが、動機が無いとは言わせませんよ、オーグレーン子爵」
冷ややかなローグシア子爵の声が、オーグレーン子爵の芝居がかった弁明を遮って飛ぶ。
「私は別件でオーグレーン子爵を訴えるつもりでいます。我々が共同で運営してきた事業について、重大な問題が──それも、オーグレーン子爵が故意に行ったものが──彼は私の娘を脅かす事によって、私に告発をさせないようにしようと考えたに違いありません」




