52 詰問
「さて……、お話をお聞かせ頂けますか?」
うちの小さな応接室に、捕獲した二人と、私とクラウディア、それに最近急速に情報処理担当としてのし上がっているオスカーが加わって、まるで圧迫面接のような状況下だ。
年若いカップルは脅えたように硬直している。とりわけフェイリアは顔面蒼白だ。……年若いと言ったところで、私の方が明らかに彼等より年下なのだが。
「伴も無しに、お二人でどちらへ?それにフェイリア嬢、貴女は婚約中の身。異性と二人で街を歩くのは、褒められた行為ではありませんね。学習院の許可証はお持ちでしょうか?あなた方を保護したと院へ伝えねばなりません。許可者の確認をさせて下さい」
渡せ、と催促するように手を差し伸べると、それまで唇を噛んでいたフレチェの末男がキッと睨むようにして顔を上げた。
「何故お前に許可証を渡す必要がある?保護だというのであれば、未就学の子供などではなく、当主か、せめて奥方が出てくるのが道理だろう」
はあ。
そういえば、フェイリアとの知り合いだとは馬車の中で名乗りはしたが、正式な自己紹介はまだだったな。
「これは失礼。私はエリザ・カルディア。ユグフェナ地方のカルディア子爵領の領主を務めている。フェイリア嬢のお父上、ローグシア子爵とは仕事上の付き合いがあり、その縁でフェイリア嬢とも少々面識がある」
「まさか。お前自身が家の当主だと?」
私がこくりと頷くと、フレチェの末男は呆然と口を噤んだ。
そうして怯んだように再度顔を俯かせる。おい、許可証はどうしたんだ。
「……フェイリア嬢」
仕方無しにフェイリアの方へと向き直ると、彼女は噛んでいた唇を薄く開いて、戦慄かせた。
「わ、私は、婚約者であるオーグレーン家の街屋敷へと向かう所でした。内密の話があると言われて、それで。……あの、こちらのコルネイユ・フレチェ様は私の昔からの友人で、オーグレーン家まで付き添って頂いたのです」
取ってつけたようなフレチェの末男の紹介は言い訳として一先ず聞き流すことにして。
オーグレーン?ここで聞くとは考えもしていなかった家名がフェイリアの口から出た事に、私は首を傾げた。
「内密の話、か。その為に、学園を抜け出してきたと?」
「……はい」
最早隠し通せる事ではないと観念したのか、彼女は学園を許可なく出てきたと認めて頷く。
「詳しい事は存じませんが、私の婚姻に関する事だと。私の婚約者は、オーグレーン家のご子息なのです」
「知っている。何しろ、私が貴女と知り合ったのはオーグレーン子爵からローグシア家との……貴女との婚姻を上手く取り持てと請われたためだからな」
オーグレーン子爵が何を考えているのか分からず、私は苛々しながらそう吐き捨てた。あちらが私に黙ったままフェイリアを呼び出した今となっては、彼女に教会の依頼について隠す必要も無い。
「え……?」
「オーグレーン子爵はわざわざ教会を通し、婚約に気乗りしない様子である貴女を説得するよう私に依頼した。まあ、彼といい貴女のお父上といい、少々キナ臭くてどうするべきかと様子を見ていた所だが」
「そんな……」
フェイリアは信じられないというように手で口元を覆い隠した。随分動揺しているようだな。無意識なのか、彼女の指先が弱々しくフレチェの末男の袖を掴んだのが見えた。
「……ちょっと待ってくれ、カルディア子爵。君の話は、僕とフェイリアの話と随分食い違ってる」
その指先に奮い立たされたのか、悄然と肩を落としたままでいたフレチェの末男が、小さな声でそうボソボソと切り出す。
聞き取りにくい。思わず眉間に皺が寄り、無駄に彼を怯ませてしまった。貴族院の翁公共と違ってちょっとした事で一々脅えられるのが非常にやりにくい。
……それ以前に、自分より五つ以上も年下の子供にオドオドしていて情けないとは思わないのだろうか。もっとこう、背筋と腹筋に力を入れてシャキッとして欲しいものだ。
「食い違っている?それは白昼堂々婚約者の居る御令嬢と二人で学園を抜け出して来た言い訳か?」
「違う!そもそもフェイリアの婚約は……フェイリアから不和を起こしたんじゃない。二人が、いや、あいつが望んでいた事なんだ、二人の婚約破棄は!」
突然大声出すな。
黙ったり怒鳴ったり情緒不安定な奴だな、大丈夫なのか。思わず心配になってしまう。
フレチェの末男ことコルネイユ・フレチェが語った内容はこうだ。
そもそも、彼とフェイリアの婚約者であるイェスタ・オーグレーンは幼少期の殆どを王都の街屋敷で共に過ごした幼馴染である。
学習院へと入学してからは、フェイリアを交えて三人で学生生活を過ごすようになった。
ところが、イェスタが三年生、コルネイユとフェイリアの二年生に進級した頃から、その関係性にやや変化が生じるようになった。
原因はイェスタがフェイリアとは別の令嬢に好意を抱いた事だった。イェスタがその令嬢へと時間を費やすようになると、自然とフェイリアとコルネイユも共に過ごす時間が増えていったらしい。その後の二人の関係性は、私の予想の通りである。
一つ年上のイェスタの学習院の卒院を目前にして、三人は自分達の将来について話し合った。イェスタはフェイリアとの婚約を無かった事にし、意中の令嬢と新たに婚約出来るよう、父親であるオーグレーン子爵を説得する事を誓って卒院と同時にオーグレーン子爵領へと向かったという。
「それから二、三度手紙が届いたが、説得は上手く進んでいないみたいだった。でも、今回オーグレーン子爵に呼び出されたのは、子爵がイェスタの説得に心を動かされたから、三人から話を聞いて考え直したいと思ってくれたからなんだ」
フレチェの末男が慣れない様子で一生懸命に説明するのを、私は黙って聞いていた。
……何と言えばいいか。
呆れたと言うか、白けたと言うか。そんな気分で、彼とその隣のフェイリアの真剣な表情をただ眺めていたと思う。
「フェイリアとイェスタは仲が良くて、学園内でも婚約者として結構知られている。だから、婚約破棄のための話し合いをしに外出許可を取るなんて、話が広まったら両家の名誉に傷が付きそうな行動は取れなかった……」
話したい事を話し終えたのか、フレチェの末男は言葉を切ると再び項垂れた。少々態とらしいのはこちらの同情を引きたいからだろうか。
──彼の話に同情する余地は無いので、見なかった事にした。
私は何をどう言ってやるべきか非常に迷って、何となくオスカーの方をちらりと見てみた。
彼は露骨に頭の痛そうな表情をしていた。
私もそんな風に露骨に顔に出したい。