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49 残念な記憶たち

 動揺は少なかった。

 まあ、王都にいるのだからいつか出会うだろうな、と考えてはいた。


 私がそれまで生きて残れていればの話だが、遅くとも学習院に入学した時点で確実にメインキャラクターの誰かと顔を合わせる事はわかっていたのだ。意外と早かったな、くらいにしか思うことは無かった。


 少年はきちんと身体に合った修道士の装束……真っ白なロングコートのような上着を着ていて、豊かな黒髪には手入れが行き届いて艶やかだった。

 年の頃は準成人を迎える頃、つまり十二歳前後だろう。珍しい紫色の瞳は光の反射によって色味を変えて美しく、まるで宝石のようだ。


 彼の名前を私は知らないが、乙女ゲームの中では確かアルバと呼ばれていた筈だ。

 ……ただ、目の前の少年と取説のアルバのイラストには、一点だけ大きな特徴の差異がある。アルバは少しだけ隈のある、あまり人相の良くない青年だった。対して少年の顔はとても健康的だ。

 これからたった五年程の間に、彼に何が起こるというのだろう……。


 アルバという名は本名ではなく、修道士として教会に入った時から名乗る事になる洗礼名である。少なくとも前世の記憶にある、説明書のキャラクター紹介欄には『洗礼名はアルバ』と書かれていた。

 ……そう、取説の紹介では。

 実際彼が初登場シーンでどのように名乗るのかは、私は知らない。


 実は、私の前世の記憶において、ゲーム本編でこの少年が登場した事は無かった。

 なぜなら、前世の女の妹曰くそのゲームは『周回を前提としたシナリオ構成』であり、そして前世の女はゲームの二週目を始めてすぐに死んでいるからだ。

 そして更に言うならば、私はアルバがどんな立ち位置で、どんな設定があり、どのような行動を起こすかという事も殆ど知らないし、妹の語った話も一つも覚い出せない。

 勿論彼が生身の人間であるからには、彼がゲーム通りの行動を起こす確証など何一つ無いので、問題は無い筈だが。


 さらに蛇足。朧げに残る前世の妹の話では、アルバがゲームの話に関わって来るのはエリザ処刑後との事なので、別段私にとっては彼は特別な因縁の無い存在である。


「……騎士礼、装?」


 少年は私を視界に収めると、まず驚いたようにそう呟いた。

 私はちらりと自分の服装を見下ろし、それから少年へと視線を戻す。


「領地に騎士団が設立するので、加護の儀式を行うんだ」


「……まさか、領主、なのか。その幼さで?」


「父が早世したのでな」


 端的に説明してやると、少年はやっと納得がいったように、なるほどと頷いた。

 領主である父親が早くに死んで領主位を継ぐ子供は、全くいないわけではない。……ただし、それが男児であった場合に限る。家に残された子供が女児の身だった場合、最も血縁関係の近しい男性に継承は優先されるのが慣例なのだ。


 通常貴族は親戚が多い。別の家柄であろうと、婚姻によって血を継ぐ者がいればそれも考慮される。しかしカルディア家のように、近しい親戚を殺しまくった挙句に当主家も壊滅して継承権を持つ者がたった一人残されただけ、という状況はまさしく前例が無いのである。

 その辺まで説明するのは面倒だし、教えてやる義理も無いので、ざっくりと省いた説明になってしまったが。


「儀式を行いに来たのなら、何故中庭の散策を?まさか、迷子ではないだろうな」


「いや。予定より少し早く到着してしまって、時間を潰しているだけだ」


 少年は私が領主──つまり、爵位のある貴族であると知っても、口調を改めなかった。彼の生家はかなり上位の貴族なのだろう。あの乙女ゲームのメインキャラであれば、メルリアート家等の王家の血を引いている可能性すらある。

 宗教が国家の法体系に密接に関わるアークシアにおいて、修道士は世俗を捨てた僧ではなく、法の守護と執行に人生を捧げる者を意味する。言い換えれば、修道士になったからといって、生まれ持った地位を完全に放棄する事は無い。

 故に、彼が私への口調を改めずとも、特におかしなことは無い。逆に言えば彼の立場は修道士なので、私が敬語を使わなくともまずい事も無い。


「なら良いんだ」


 私が迷子でないとわかると、少年はうっすらと微笑みを浮かべた。じっとその顔を見つめていなかったら分からないほどの微細な変化だったが、どことなく品のある表情だった。


「君は、庭の手入れを?」


「ああ。木々への水やりを。……いや、まだ慣れていないから、あまり上手く出来ている訳ではないんだ。垣根の向こうにはいかない方が良い。折角の騎士礼装が濡れて汚れるかもしれないから」


 少年は眉を顰めてそう忠告する。不機嫌そうにも見えるその顔の意味を、私は正確に読み取った。

 満足に仕事を熟せない自分に対する苛立ち、である。物凄く親近感を覚える表情だった。


「分かった、引き返す事にする。……が、今はまだ駄目だ」


「何故だ?戻ればいいだろう」


「それが、儀式を受ける騎士が緊張していて……少しだけ一人にしてやる約束で庭を進んできたからな。もう少し時間を与えてやりたい」


「そうか。なら、僕も進まない方が良いな」


「すまないな、付き合わせてしまって……」


 少年との話は実に淡々と続く。なんというか、話し方まで結構似ているため、非常に抑揚に欠ける一本調子の会話になった。

 少年は気にするな、と再度僅かに微笑む。私も微笑み返したが、多分目の前の少年と同程度にしか頬は動いていないだろう。つくづく親近感の湧く相手である。


「進む事も戻る事も出来ないとなると、暇になるな。少し話でもしようか」


「話?」


 気を遣ってくれたのか、少年は沈黙を案じてそう声を掛けてくれた。彼は垣根を脇道に逸れて私を手招く。ついて行くとそちらは開けた空間になっていて、質素だがきちんと手入れされた石造りのベンチが置かれている。

 少年はその端に腰掛け、もう一方の端を私に示す。


 ……一応、男女が同じ椅子に座るのはマナーとしてはよろしくない。寧ろ他人の目がない生け垣の中で二人きりという時点でよろしくないが、その点は私が準成人前の子供なので辛うじて言い逃れできるか。

 私は一瞬迷ったが、先程意図的に自分の事情を伏せた事を思い出し、黙って少年の隣に座った。行き摺りの相手にあれこれ身の上を喋る趣味は無いのだ。


「それで、どんな話をするんだ?」


「何でもいいさ。例えば……そうだな。自分の友人の話はどうだろう?君は普段、どんな事をして遊んでいるんだ?」


 幾分朗らかにそう言った少年に、私はピシャリと雷で打ち据えられたような気がした。


 ……友人の話、出来る程多くないのだが!

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