47 人員不足は相も変わらず
騎士団の団員として来た筈のオスカーだが、一月も立つ頃になるとすっかり馴染んで、いつの間にやらベルワイエを手伝ってユグフェナ地方三領の合同会議取り付けに奔走し、更にはテレジア伯爵の方へも首を突っ込んでと、恐ろしいほどの量の仕事を抱えていた。
騎士団の運営予算案から今後二年間の活動予定の書き出し、訓練案、新規入団者の規定案、当面の仕事の書き出しに割り振り案。更に領軍の再編成案に作成資料として兵士一人ひとりの情報記録作成。そして何故か献立表の作成、街屋敷の庭の設計デザイン、かぼちゃを使った料理の幾つかの提案書、馬の育成マニュアル草書、エトセトラ。
真に恐ろしいのは、オスカーがこれだけの事をしながらも領地とユグフェナ王領と王都を行ったり来たりと吹っ飛び回っているという点である。
どうしてそうなった。
私は頭を抱えた。真面目な人が来たと思ったのに、またクラウディア並に意味の分からない人が一人増えたではないか。移動速度もクラウディアばりの異様さだ。
「やっと予定が纏まってきました」
やたら満足そうな顔でオスカーがそう言うのに、私は何とも言えない気持ちで「そうか」とだけ答える。キラキラしく気力に満ち溢れる表情は素晴らしいものではあるが、彼の場合疲労で目が死んでいる。仕事のし過ぎで。
「ユグフェナ王領・ジューナス辺境伯領とも日程の調整が殆ど終わりまして、このままいけば夏の終わり頃には会合の準備が整います。ジューナス辺境伯の街屋敷を会場に設定しています」
「ああ、思ったよりスムーズだったな。引き続きよろしく頼む。正式に騎士として着任してもいないのに、色々と関係の無い仕事をさせて心苦しいが……」
「いえ、好きでやっていることですから」
つまるところ、彼は仕事中毒者なのである。
確実テレジア伯爵の血を濃く引いているのがわかるが、伯爵と違ってオスカーの場合仕事を達成した時の快感が強そうなのがまずい。最近気づいてしまったのだが、オスカーは何か仕事をしている間、槍を振っている時のクラウディアと同じ顔をしているのだ。楽しそうで何よりと言うべきなのだろうが、言いたくない。自分でもよく分からないけれど、どうしても言いたくない。
「仕事が早くて助かるが、たまには休息を取ったり身体を動かしてみては……」
池にぷかっと浮いた魚の死骸を思い起こさせるオスカーの目にかなり引いてしまう。少しは気晴らしにならないかとリフレッシュを狙ってそんな提案をしてみたが、
「ご心配無く。出来る限りの時間を鍛錬としてクラウディア殿と槍を合わせるのに充てておりますので」
角張った微笑みを浮かべる彼の目の色が更に淀んだ気がする。勿論私が言いたかった運動とは軽いエクササイズの事であって、クラウディアの訓練に付き合うなどという、体力の限界を試すようなものではない。
私はもう、オスカーが自分で好きで抱えた仕事に関しては触れないと心に誓った。下手に触ると中毒者の狂気に晒されそうだ。精神衛生上見ないふりをした方がいい。
しかし何故、あれだけの仕事を毎日こなしてクラウディアと手合わせする時間と余裕があるのか……。私は首を捻ったが、考えると頭が破裂しそうな気がしたので、そこで思考を停止する事にした。
有能な部下が増えて何よりである。万歳。オスカーがテレジア伯爵の仕事を幾つか代わってくれたお陰で、そろそろどうにかしなければと思っていた伯爵の労働量も減った事だし。
やはり人材とは必要なものだと、私はやや疲れた気分で再認識した。
窓の外は薄らと闇がかり始めている。私は燭台に火を灯して、机の上に広げた領地の税収の計算をしていた。
アークシア王国の経済形態はアルクと呼ばれる紙幣による貨幣経済だが、カルディア領のように閉鎖的で、食料自給率が高い領地は物々交換と再分配によって経済が完結されるため、税収の換金は領主の仕事となる。領主は各村から納められた税としての物品を他領に輸出し、そのうちの何割かを自分の収入に、残りを領地へと当てる。
カルディア領では領主の取り分は三割だ。他領と比べるとかなり少ないが、特に困っている事は無い。税収の他に領軍に栽培させた小麦の売価六割の収入もあるためだ。小麦の栽培に向いている土地の少ないアークシア東部では小麦よりも黒麦の栽培が主流で、小麦は単価が高い。
新しい税収の目処としては、新入領民の齎したかぼちゃを考えている。昨年の夏に試験的に館周辺の小麦畑と開拓村とクラリア村でかぼちゃの栽培を行い、成功したため、今年からは更に二つの村でかぼちゃの栽培に取り組ませている。
畑の面積を増やした訳ではないので、今年まではかぼちゃは税の範囲外だが、来年には新しい畑を一つか二つ開墾させたいところではある。小麦畑はうまい事時期が被らずに畑を二度使えたが、黒麦の方は完全に時期が被るため別の畑を作る必要があるのだ。小麦畑も、連作障害を防ぐ為にかぼちゃを作る畑と作らない畑を年毎に変えたい。私は農家ではないので素人考えではあるが、何もしないよりはいいだろう。
作物以外にも、折角シル族が連れてきてくれた家畜も増やしたい。家畜を増やす以上は酪農にも手を着けたい。しかし領民の負担を一気に増やさないよう、考える事は多い。
昨年カールソンの木工職人が入ったお陰で、開拓村の生活も安定してきている。今年は沼の魚を獲る為の罠を作成したとも聞いたので、そちらの分配も考える必要がある。生魚は他領へと輸出する手段が無いので、基本的には領内での分配となるだろう。
オスカーが色々と仕事を減らしてくれたものの、領内の改善項目は常に溢れているような状況だ。
以前紙に思いついた事を書き出してみたが、六枚ほどびっちりと埋まった。その六枚に書かれたもの全てに着手し終えるのはいつになる事だろう。
テレジア伯爵も年齢が年齢なので、年々私の仕事は増える一方だが、領内の余裕も増す一方なので領主の負担はさらに増えている。
書類仕事をまともに行えるのが伯爵・私・ベルワイエに入ったばかりのオスカーだけというのが問題なのは分かっているが、人材が無いのだ。
区切りの良い所まで書類を片付け終えると、机に突っ伏して脱力する。くぐもった呻き声が勝手に喉から漏れた。
……家庭教師であるマレシャン夫人に、文官として就職し直さないか話を持ちかけてみようか。彼女は貴族なので、カルディア領の領官として登録出来る。当面は彼女が増えるだけで、税収の計算のような単純な作業が減るはずだ。
いつテレジア伯爵が抜けてしまうかと考えるだけで、胃が痛くなるような気がする。
誰でもいいので次の後見人となってくれそうな人を探さないといけない時期にそろそろ差し掛かっているだろう。領の行政を頼めなくとも、未成年者の私には頼れる大人が必要だ。
あらゆる面で人材不足だ……。
私は溜息を吐いて、また小さく呻いた。




