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悪役転生だけどどうしてこうなった。  作者: 関村イムヤ
第三章

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46 レンビアの紅茶

 とりあえず、その日の目的である顔合わせは済ませた事だし、と中庭を適当に見て回った後は早々にローグシア邸を辞した。

 グリュンフェルド地方の慣習にそぐわない当主とその息女、しかしそれに反して完璧なまでに整えられた屋敷内の人事、教育。矛盾する邸内の様子に、情報不足を知った。

 それにあの、フェイリアの足首にちらりと光る金属の煌めき──偶然の事とはいえ、あれが見られた事は大きな収穫だった。フェイリア本人がどうしてオーグレーンとの婚約を解消したがっているのか、大まかな予想がついた。

 つまるところ、彼女には現在交際している相手がいるのだ。そうして、おそらくその相手との婚姻をも望んでいる。故に意に沿わない相手との婚約を破棄したがっている。


 簡単な話だ。そして感情や交際相手の事情がが絡む分だけ殊更に面倒な話でもあり、同時に少々腹立たしくもある。


 貴族間の婚約は、単なるステータスのために存在している訳ではない。家同士の結びつきや権力闘争の手段の一つという側面もあるにはあるが、多くは取引を目的に交わされる。

 少し話は変わるが、アークシアでは、商人というのはそれほど力を持たない。それは、結局領地と領地の間という大きな規模の取引を、大抵領主の間で済ませてしまう事に起因する。私が新入領民の生活用品や食料、家財やその素材を全て手配しているように、また領内で生産できない生活用品の手配をテレジア伯爵が行っているように、基本的には領主によってそれらは他の領に発注され、領民に分配される。

 商人に力が無いのは、彼等が扱うのは嗜好品や高級品が主なものであるため、商売相手は貴族にほぼ限定され、完全に貴族層の支配下に置かれるためだ。

 もっともその領主による領民のための輸出輸入も、神聖法典によって領主の仕事と定められている。恐らくは過剰な財力を手にした商人によって国内のバランスが崩れるのを防ぐためだろう。


 さて、話を戻す。


 そういった商業的取引を領地間で行うのに、最も都合が良いのが、その領主家間での婚姻である。

 グリュンフェルド地方では早くから婚約を取り付ける事がその令嬢のステータスである、という側面も勿論あるにはあるが、多くの場合、より良い条件を持つ相手が見つかればそちらに乗り換える事でも知られている。

 ところが、それにも関わらず今回の件ではわざわざ相手のオーグレーン側から婚約を確たるものにしたいという意志が表示されているのである。これがローグシア家の方からの依頼だったなら、他の候補もいないのに婚約を破棄されては体面が保てない、という理由になるのだが、その逆となるとやはり取引上の問題が大きいだろう。

 婚約した家同士は、正式に姻族の扱いとなる。すると国から掛けられている関税も税率が下げられ、また規制の掛けられている物品の年間の取引制限も緩和されるなど、様々なメリットを得る事が出来る。

 教会がわざわざ婚約の問題に対して出張ってくるのもその為だ。中には生活必需品を取引している領もあり、婚約の解消と共に必要量が輸入できなくなったり、取引そのものが解消されてしまうと領民の生活に直接支障が出る。


 腹が立つのは、もうすぐ学習院を卒業する年齢であるフェイリアが、それらの事を無視して婚約の破棄をしようとしているところだ。

 確かにオーグレーン子爵には悪意があり、この依頼は完全に私への嫌がらせである事も分かり切った事ではあるが。だが、その婚約には、お互いの領民の生活の助けになる部分が絶対に存在している筈なのだ。

 領主の収入は概ねが領民から領収した税である。そしてその領民に、金か品物かは知らないが、なにかしらの恩恵を齎しているのは婚約相手の領民の筈だ。それなのに、その税で衣食住を賄わせて貰っている領主の娘が、領民の事情よりも自分の恋愛を優先しようというのか?


 まあ、まだ事情が正確に把握できているわけではないので、そこまで腹を立てるのもお門違いではあるのだが。

 

 ローグシア子爵の振る舞いも気になる。彼には私がどういう理由で彼の元を訪ねたのか、事前にきちんと伝えてあるのだ。尤もオーグレーン家から私に話が来た時点で、フェイリアが自分の婚約についてどう思っているか等十分に承知しているとは思うが。

 その上で、子爵はフェイリアを好きにさせているのだ。今日その様子を直接見て解った事だが、フェイリア自身はおそらく何も知らない。自分のせいで婚約の継続が危険視されている事も、そのために私が訪れた事も。




「エリザ殿、飲み物を運ばせましたが。少し休息を挟んではいかがでしょうか?」


 家に帰るなり猛然とローグシア子爵について貴族名鑑やらなにやらを引っ張り出して調べ始めた私に、そう声が掛けられたのはそろそろ蝋燭を灯さなければならないという時間だった。

 顔を上げると、丁度オスカーがクラウディアによって部屋に招き入れられているところで。その後ろにはトレーを手に持つメイドが一人、おずおずと彼に続いていた。そういえば、書斎にメイドを呼んだ事は今までに一度もなかったな。


「ああ、すまない。気を遣わせてしまったか」


「お気になさらず。それよりも、此度は何をお調べに?お手伝い出来る事はありますか?」


 矢継ぎ早に重ねられる生真面目な彼の気遣いに、いや、と僅かに苦笑する。彼にはベルワイエと共に騎士団設立の手続きの一切を任せてしまっている上、カルディア領の事について急ぎで詰め込んで貰っているのだ。これ以上何かを手伝わせるのは心苦しいし、もし余裕があるのであれば私よりもテレジア伯爵の仕事の方を手伝って頂きたいと思う。

 ……と、思ったのだが。

 つん、とクラウディアが私の脇腹を軽くつついた。やめろ、ふにふにするんじゃない。まだ筋トレしていないのでやわらかいのは仕方ないんだ。

 何だ、と視線を向けると、クラウディアは端的に「領軍」と呟いた。

 領軍?ああ、領軍の再編成案の事か。差し迫った問題でもなかったので、思い浮かばなかった。


「ん、すまない、オスカー殿。やはり一つ頼みたい事がある」


「え?はい」


「すぐという訳ではないのだが、クラウディア殿と共にカルディア領の領軍の再編成を任せたい。領軍の体制については少し特殊な所もあるが……そのあたりはクラウディア殿が把握している」


 ふむ、とオスカーは頷いて、承りました、と返事をする。

 これでまた仕事が一つ浮くな、よし。少しばかり気が楽になって、紅茶をこくりと嚥下する。


「……ん、」


 同時に、鼻から抜けるような、強い清涼感と甘ったるさの混ざりあった匂いに気が付いた。ええと、これは……なんだか、今日散々嗅いだような。


「……ブレンドを変えたのか?」


「ああ、今日はレンビアを加えているみたいですよ」


 またレンビアか。ローグシア子爵邸の中庭で、当たり障りない会話のみをしながら、概ね自分のせいとはいえあまり良くない雰囲気の中少しでも癒しを求めて散々匂いを楽しんだ、あのレンビアか。

 もう今日はレンビアはたくさんなんだけど。


「……持って来ていただいて悪いが、いつものを貰ってくる」


 そう言って席を立った私に、オスカーはきょとりと首を傾げ、そしてローグシア邸でのやり取りを全て知っているクラウディアは猫のようににやにやと笑った。

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