43 オスカー・テレジア
ローグシア家との小さな茶会は、ベルワイエとあちらの家の家令によって四半月も立たぬうちに日程が定められ、七の月の中頃に決まった。
それを待つ間に、ユグフェナ城砦から一人の青年が私を訪れた。テレジア伯爵の孫甥であり、此度私が頼る事になった相手、オスカー・テレジアだ。
小さな街屋敷の、申し訳程度に存在する応接間へと彼を通す。改めて見てみると、やはりその厳しい面差しはどこかテレジア伯爵を思い起こさせるもので、ほぼ初対面の相手へと抱く緊張は殆ど霧散していってしまった。
「よく来てくれた、オスカー殿。挨拶をするのは初めてだな。改めて、私はエリザ・カルディア。遥々ユグフェナの地から来て頂けた事、とても嬉しく思う」
「いえ、こちらこそお招き頂けて光栄です、カルディア子爵。此度は子爵の領土に置かれる新設騎士団の創立騎士としてお声を掛けて頂いたと、お話は伺っております」
真面目そうな彼はその見た目を裏切らず、第一声に非常に詰屈な挨拶をする。その裏に確かな緊張が感じられて、逆に親しみが湧いた。
「そう堅くならずとも良い。見た通り私は単なる子供だからな」
戯けたように両手を開いて見せると、オスカーは一瞬目を見開いて、それから愉快なものでも見たように僅かに笑みを浮かべた。肩の力は少しは抜けただろうか。
「掛けてくれ」
椅子を勧めると、彼は入室時よりはリラックスした様子で腰掛けた。上手くこちらの意図を理解して貰えた事にホッとする。社交界で偶に顔を見せる相手ならばともかく、これから先も領地で頻繁に顔を合わせるかもしれない相手といつまでも堅苦しい遣り取りをするのは流石に煩わしい。
「早速で悪いが、騎士団について詳しい説明させて貰う。テレジア伯爵の名で設立され、設立理由は我がカルディア領で受け入れをした新入領民の保護・及び監督を行う為という事になっている」
「大仲父上の名での設立なのですか?」
「私は伯爵位を持たない。……私設騎士団の設立は下級伯爵以上の爵位が必要なのだ」
伯爵位が無いと言ってしまってから私設騎士団の申請については一般常識ではない事を思い出し、慌てて説明を付け加えた。
貴族としての教養項目と同時に領主に必要な教育を受けた為、この辺の区別は曖昧になってしまっている。社交界に顔を出すようになったのだから、相手に合わせて話をするのも嗜みの一つなのだが……これからは益々の注意が必要だ。
「それは大仲父上が領主であるカルディア子爵を差し置いて、領民を支配している事にはなりませんか?」
「いや、大丈夫だ。彼は私の正式な後見人であるし、未成年の私の領主代理として認められているからな。それに申請時には私の同意書も提出する事になっている」
「成る程……」
簡潔な説明になったが、オスカーは納得したように頷いた。理解が早くて何よりである。
「とは言え、騎士団には実質的には私の方針に従って貰う事になる」
「……どのような方針を取るのか、既にお決まりですか?」
「勿論。まず言っておかねばならない事だが、新入領民は実質的に、旧来の体制を利用して十分な監督が出来ている」
「それは……平民平等の理念に反しはませんか?」
平民平等の理念とは、如何なる平民であっても平民の支配を行う事が許されないという、神聖法典の中の一節に基くもので、平民の支配は必ず貴族が行うものだと解釈される。平民の中に身分の差を与える事は、長じて国家の身分法を脅かしかねないと考えられているのだ。
当たり前に戸惑う彼に、私は首を横に振って答えた。
「旧体制の支配層は須く私と家臣の契約を結んでいる。彼等は私の指示の元、他の新入領民に私の意思を伝えているに過ぎない」
しかし、平民平等の理念を突き詰め過ぎれば国家は立ち行かなくなる。村毎の代表を務める名主の存在も、平民からの徴兵で編成される領軍の指揮も全てを貴族が行わねばならなくなってしまうからだ。
当然それは不可能であるのは誰もが分かる事。王国法ではその正式な抜け道として、諸侯にのみ平民との家臣の契約権を与えている。家臣とは、主家の当主に仕え、民と主人を仲介する役割として定められるものの事だ。
名主や領軍は領主という役割との契約を結ぶ為正確には家臣とは異なるのだが、領主位が原則的に血統による世襲を認められている現在では殆ど同じものとされている。騎士も元々は家臣の一種だったのだが、長い時を経て貴族の身分が一代限りで許される特殊な地位となり、別のものとして変容した経緯を持つ。
「ああ、家臣……そうですか」
「ゆくゆくはシル族の支配層を全て騎士団に所属させたいと思っているがな。まだ教育どころか、土地に根付かせている途中という有り様で手一杯なんだ」
人材の都合で急ぎ騎士団を設立しなければならないのだがな、と一言を挟む。その事情は既に知っていたのか、オスカーは頷いて続きを促す。
「あまり褒められた手段ではないが、体面上で最初から騎士団に彼等の監督を担って貰う事にした。彼等はアルトラス語かリンダール語しか使えないし、無論識字層でもないため殆ど書類作成も出来ない。現在は主にその部分を任せたい。それから、保護だな。いざという時は彼等の防衛を努めて貰う」
「意義の拡大で領地防衛にも当てられるという事ですか」
「察しがいいな」
唇の端が僅かに吊り上がる。有能な人材は大歓迎だ。
それにしても、一気に説明したため喉が渇いた。手元の鈴を鳴らして部屋の外で待機していたメイドにお茶を用意するよう指示を出す。すると、何が面白かったのか、オスカーが小さく笑った。
「……何か?」
「いいえ。ただ……こんなに小さいのに、立派に貴族だなとふと感じまして」
外見と内面のちぐはぐさが奇妙という事か。気を悪くしないで下さいね、と付け加えられた一言に頷いて返す。気味悪がられるよりは随分マシな反応だ。




