42 頼み事を改めて
騎士団設立の為に必要な人物、オスカー・テレジアが王都へとやって来る移動時間の間に急いで必要な書類を揃える。私設騎士団の設立申請書は、王都の国軍中央局にある騎士団本部に行って専用の物を購入してこなければならない。なかなか結構なお役所仕事である。
「テレジア伯爵の代理で参りました。私設騎士団の設立に必要な書類一式を下さい」
連れてきたベルワイエが隣の窓口で本来の目的を果たす間、折角騎士団本部に来る用事が出来たので、ついでに一つ調べものをしておく。
「少し良いでしょうか。我がカルディア領で捕えた盗賊団が処刑されたと小耳に挟んだのですが」
「盗賊団とはどちらの盗賊団……ん、我がカルディア領?ひょっとしてカルディア子爵……?」
「ひょっとしなくても確かに私は子爵ですが」
窓口の騎士はひぇっという声を出して蒼褪めた。その無作法に思わず眉を顰める。本部にいるような騎士がそのような真似をするとは、一体どのような了見だ。
その騎士が小さく拷問……と呟くのを、私の耳は逃さなかった。意外と地獄耳なのかもしれない。
「そ、それでこの度はどのようなご用件でしょうか?お、行われた尋問内容は機密事項となっております。その手段も勿論機密に含まれますよ!」
「……何を勘違いしているのか解りませんが。私はただ、あの盗賊団の面会記録を確認しに来ただけですよ」
「え、ええ、ああ、面会記録」
しどろもどろにそう言いながら、騎士は面会記録を取りに行った。あの騎士はどうやら、私の事を残忍な拷問マニアか何かと思い込んでいるらしい。盗賊団の傷跡をその目で確認したのだろうか。
「はい、こちらが面会記録を纏めたものです」
差し出された紐綴じの書類を受け取り、早速見てみる。流石にノルドシュテルムの名前は無いが、北方貴族の下級子爵、ガルムステッドの名は見つけられた。流石に全てをもみ消す事は出来なかったのか、或いはその手間を惜しんだのか。どちらにせよ、その子爵の名は関係者として頭に刻み込んでおく。
「どうも」
「あ、はい」
書類を返すと、やはり騎士はそそくさとそれを戻しに行った。恐怖心と好奇心がないまぜになったような顔をしていたので、余計な事を聞かれる前にと窓口を離れる。
「おや、これはこれは。カルディア子爵、このような所でお会いするとは思いもしませんでした」
そこへ唐突に、ねっとりとした声で話し掛けられた。このような所で、とはこちらの台詞である。
「……ご機嫌よう、オーグレーン子爵」
「いいえ、それがあまり気分は良くないのですよ。何処かの野蛮な者とは違って、私はこのような場所にはなるべく足を踏み入れたくないものですから」
小馬鹿にしたようにせせら笑うオーグレーン子爵に、私は内心で笑い返した。何をしに来たかは知らないが、その言葉は嫌々ながら本人が来なければならない用事があると公言しているようなものだ。
「所でカルディア子爵。先日お願い致しました件については、どうなりました?」
「ローグシア家の方とは連絡を取りましたが」
「ほぅ。という事は、まだ御令嬢自身にはお会いしていない?なんという事でしょう、未だ問題の渦中にある方にお会いした事すらないとは!」
大仰に驚くオーグレーン子爵に、冷めた視線を返す。すると私の苛立ちを誘いたかったのか、子爵は非常につまらなそうな表情を浮かべた。
「お早くお願いしますよ」
最後に言い捨てるようにそう言って、ずんずんと離れて行ってしまう。なんと言うか、貴族の癖してあんなに感情を剥き出しにしていて大丈夫なのだろうかと疑問に思う。喧嘩を売ってくる割には無防備過ぎるのではないだろうか。完全に使い捨て用の駒である。
しかし嫌がらせの為に、一駒使い捨てにするような真似をノルドシュテルム侯爵がするだろうか。確かに今の時期が最も邪魔立てされると厄介なのだが、それにしたって少々杜撰だ。
「今戻りました。……エリザ様、如何されましたか?」
首を傾げる私に、封筒を手にして戻って来たベルワイエが不思議そうに声を掛けた。
「いや、何でもない。終わったのか?」
「はい。必要書類一式、確かに受け取りました」
「なら伯爵の邸に戻ろう。時間が惜しい」
「茶会?」
「うむ。ローグシア子爵の御息女とお前が会うのに、茶会ではどうかと向こうから申し出があった」
「御息女は王都にいらっしゃるのですか?」
「貴族院の上等生なのでな」
ああ、と頷く。来年までという期限はどうやら、ローグシア御令嬢の新成人のお披露目式までにという事らしい。
この国では16歳で成人を迎え、正式に社交界へと出て行く事になる。王家や公爵家が主催する大きな社交界へと出るには成人しているか、爵位を持っている必要がある為だ。……逆に言うと、爵位を持っている場合は参加するのが普通だ。故に未成年の身である私にも、その会への参加が求められる。
「日取りはどうなっていますか?」
「まだ決まっていない」
「では……ベルワイエに任せてもよろしいですか?」
「お前がそうしたいのであればな」
部屋の隅で驚くベルワイエを視界の端に収めながら、私はこくりと頷いた。それからくるりと身体をベルワイエの方へと向ける。
「ベルワイエ、頼んでも良いか」
「エリザ様……」
ベルワイエは戸惑うように視線を私の横に居る伯爵へと向けた。伯爵がそれにどのような反応を返したかは、私の視界には入らない。
ベルワイエはコホンと一つ軽咳をすると、再度私へと視線を戻した。
「……勿論です。お任せ頂き、ありがとうございます」
「いや、こちらこそありがとう。任せたよ、ベルワイエ」