41 騎士団設立の話し合い
夜会から退出し、テレジア伯爵と共に馬車へ乗り込むと、時間が惜しくてすぐに騎士団設立の事を彼に相談した。クラウディアには事情を聞かせるのが余りにも申し訳無いのでもう一台の馬車へと乗って貰い、相談がしやすいよう、ベルワイエにも同席させる。
「何。お前、クラウディア殿の事情を忘れていたのか。未熟者め、とんだ失態であるぞそれは」
私が一通りの事を話すと、伯爵は一瞬驚いたような顔をして、それから非常に厳しい表情を浮かべた。彼の失望も当たり前の事とは思っていたが、やはり感情的には失望を買った事に悄然となった。
「はい、申し訳ありません」
「エリザ。他家から貴族を預かるという事は、とても責任の重い行為なのだ。その方の抱える事情を忘れる事があってはならない。よく覚えておきなさい」
「肝に銘じます。……ご迷惑をお掛けします、伯爵。ベルワイエも、すまない」
本当に、伯爵に言われずとも恐ろしい程の失態である。騎士団に入れねば結婚しなければならない、というクラウディアの事情は確実に一度は何処かで聞いた記憶がある。なのにそれを忘れているとは。
顔から血の気が失せるのを感じながらも頭を下げると、今度はベルワイエが驚いたように息を呑んだ。ああ、そう言えば彼には一度、酷い事を言ってしまった事があった。信頼というものを蔑ろにしていた、今よりずっと愚かしかった時期の事を思い出す。これも驚かせて当然だろうな、と更に意気消沈する。
「エリザ様……」
ベルワイエは苦々しそうな声で私の名を一つ零した。その声に、私は頭を垂れたまま上げられなくなる。
いつか私が彼の謝罪を突っぱねた時、言い放った言葉にどれほど彼が傷付いていたか、この期に及んで思い知って後悔した。
私はこの三年間ずっと、その事を彼に謝らないままでいたのだ。本当に今更の事でどうやって謝罪すればいいのかも分からなくなる。
一瞬の沈黙があった。会話の膠着を読み取ったのか、テレジア伯爵すぐに後を引き取る。
「顔を上げなさい。とにかくすぐに設立する騎士団の案を纏めなければ」
「……はい」
「まずは私設騎士団の設立申請だが、どのような理由で騎士団を作るかは決めたのか?」
「はい。受け入れた新入領民の保護監督を、という事にしようかと」
「……ふむ」
私設騎士団には、他の者ではその業務を熟せない組織としての存在意義が求められる。領軍の役割は治安維持と領地の防衛であって、新入領民の監督までは出来ない。領軍の兵士は領民から募るもので、その地位は等しく平民であるからだ。
しかし、その一代に限り騎士の爵位と貴族の地位を与えられる騎士団であればそれが可能となる。つまり私設騎士団とは伯爵以上の地位を持つ貴族が自分の部下に貴族を増やすための手段であって、団員には貴族にしか出来ない仕事を与える必要があるとされているのだ。
「創立団員は。最低二人は必要だが」
「クラウディアと、……シル族のテオメル・ティーリットの二人にしようかと考えています」
少し迷って、しかし他に思いつく名前も無くテオメルの名を上げると、やはり伯爵は渋い顔になった。
「テオメルか。……いや、出来れば創立団員からは外した方が良いのではないか?」
「やはりそうでしょうか」
「貴族院はあまりいい顔をしないであろうな」
テオメルは当の新入領民であり、騎士団の存在意義としては保護監督される対象となってしまう。後からの追加団員であるならばともかく、創立団員の中に入るとなると申請が通らない可能性が出てくる。
「……では、私自身ではどうでしょうか?」
私設騎士団はその保有者が団員になる事は出来ないが、あくまでこれから作る騎士団はテレジア伯爵の私設騎士団という事になるので、私がなっても一応問題は無い筈だ。通常領主貴族が私設騎士団を設立する場合、領主本人がその保有者となるが、伯爵位を持たない私では騎士団の設立は出来ない。
騎士の審査項目としては、本人の戦闘能力よりも騎士としての教養、つまり貴族としての振る舞いが必要とされる。元から貴族である者が騎士団に入るのに優位であるのはこの為だ。そして、その条件には性別も年齢も関係は無い。私でも受けようと思えば受けられる筈だ。
そこまで考えての提案だったが、しかし、その案を今度はベルワイエが眉根に皺を寄せて首を横に振った。
「後見人と被後見人の間には如何なる主従関係を持つ事も禁じられています」
「……ああ、そういえばそうだったな」
流石にテレジア伯爵と私の関係性から彼の騎士団員になる事が出来ないのは盲点だった。領主代理としての仕事を任せる以上、まだ後見関係を解消させる事は出来ない。
しかし、そうなるとますます他に適任が居ない。
どうしよう……いっそ所作の洗練されているベルワイエに頼むべきだろうか。彼は貴族ではないのだが、その身の熟しはどう考えても貴族としての教養を得たもののそれだ。伯爵の秘書になれるくらいだとすると、おそらく生家がもともと貴族家の傍流で、当主の爵位の範囲から外れて平民に戻ったとか、そういう身の上だろう。
そう思いながらじっとベルワイエを見つめるが、この男が今更騎士の称号を得るとは思えない。貴族の身分から離れたくないのであれば、成人と同時に騎士団へ入団している筈なのだ。だが、ベルワイエはそれをせずに平民のまま伯爵の秘書を務めている。
カルディア領の人材の少なさを今回も嘆く事になった。領内の生活水準をアークシアの平均に近付けるのに必死で、未だに人材の育成にまで手を回す暇が無いのだ。どうすれば良いかと頭を抱えてしまう。
「……当てがある」
そこへ、ぼそりと渋い顔でそう伯爵が呟いた。
「当て、ですか?」
予想外の言葉が伯爵から出て来た事に、勝手に瞼が一つ瞬きをする。聞き返すと伯爵は頷いて、先ほどの呟きを補完した。
「うむ。一つだけだが、あるにはある。カルディア領になんら関係を持たない者だが、それでよければ」
カルディア領とは関係の無い身の上なのか……。私設騎士団はあくまで伯爵以上の貴族が持つものであり、その団員が土地に縛られる事は無い。だが騎士団の存在意義を新入領民の保護監督とする以上、私としては団員の為人を考える必要がある。
「それは、どのような方でしょうか?」
「私の孫甥だ。妾腹の妹の孫で、テレジアの爵位は持たないのだが。そなたも一度会った事があるだろう」
あるだろう、と言われて戸惑う。伯爵に近しい血縁者の中で紹介を受けた事があるのはリーテルガウ伯爵だけだった筈だ。
「……申し訳ありません、どこかでご紹介頂けたのでしょうが、忘れてしまいました」
「いや、あれをお前に紹介した事は無い。ユグフェナで見なかっただろうか?」
「ユグフェナで……?」
ユグフェナで会った人々は多いが、その中に伯爵の血縁者がいたとは。しかし、ユグフェナ城砦での日々を思い起こしてみても、思い当たる記憶はやはり無かった。
「赤い翼の狼竜に乗っていたと思うが」
「……あ!」
言われて、そういえばと思い出す。すっかりその存在を忘れていたが、クラウディアとカミルがユグフェナ城砦に来たとき、狼竜は二匹いて、クラウディアと相乗りする見知らぬ誰かが確かにそこに居た。
テレジア伯爵に似た面差しの、成人を迎えてすぐの年頃の青年だったと思う。話はあとでと言われたが、その後一月眠り込んでいたせいで完全に忘却の彼方へと追いやっていた。
「あれの名はオスカー、クラウディア殿と同じ年だ。エインシュバルクの長男の所で行儀見習いをしているが、テレジア家としては妾腹の血筋とはいえ当主一族の男児を最前線の騎士になど出したくはないようでな。ユグフェナの騎士団に入れず燻っているのだ」
「なるほど、それで」
「一度会ってみてくれるか」
「勿論です。こちらこそ、宜しくお願い致します」