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40 クラウディアの条件

「ん、お前、クラウディアではないか?」


 ノルドシュテルムが仕掛けてきた底意地の悪い嫌がらせに、私とクラウディア、そしてモードン辺境伯が揃って渋い顔をしている横から、唐突にそんな声が掛けられた。

 ぱっと顔を上げて声の主を見ると、蜂蜜のように濃い金髪がシャンデリアの明かりで煌いた。その人物は石のような灰色の瞳をした、涼やかな顔立ちの若い男であったが、その髪の色と相貌から一目で分かる。彼は絶対にクラウディアの血縁者だ。それも、かなり近しい血の筈だ。


「お兄様!?」


 クラウディアが驚きの声を上げた事により、その男が他ならぬ彼女の兄である事が分かった。やはりな、と思う。クラウディアとその男の間に視線を行ったり来たりさせると、男女の違いはあれど、二人が良く似た顔立ちをしているのが十分に分かる。


「何故ここに?」


「それはこちらの台詞だよ、クラウディア。今日の主催は近衛騎士団の団長の奥方の生家なんだが、知らなかったか?」


「私は行儀見習いをさせて貰っている子爵の侍女としてここに……。しかし、そうか。今日の参加者にローレンツォレル縁の者が多いのはそういう訳か。通りでな」


 なるほど、と頷きあう兄妹に、私の方が首を傾げる。すると面白そうに二人の会話を眺めていたモードン卿がそっと耳打ちをしてくれた。どうやら、ローレンツォレル家の方々は根っから武門の貴族らしく、あまり社交界に赴くのが好きではない、という者が多いらしい。確かに私もクラウディア以外にローレンツォレル家の知り合いは今の所居ない。


「では、そちらの方が今のお前の主であるカルディア子爵か?」

「ああ、エリザど……エリザ様。遅くなりましたが、私の兄を紹介させていただけますか?」


 いつものようにエリザ殿、と呼びそうになって、ここが人前である事を思い出して慌ててクラウディアは丁寧に私を呼び直した。そんな事はお見通しなのか、クラウディアの兄はわずかに苦笑を漏らす。私が頷いて返すと、クラウディアはほっとしたように一歩横へと移動して、私と彼女の兄の視線が互いに通るようにした。


「エリザ様、こちらは私の兄、ナターナエル・ローレンツォレルです。お兄様、この方はエリザ・カルディア子爵。私の今の主でございます」


 ……おお、噛まずに言い切った。慣れていなさそうなクラウディアのたどたどしい敬語に内心ハラハラしていたのだが、やはり彼女はやればできる子である。きっちりと淑女の礼を取って私に彼女の兄・ナターナエルを紹介してみせてくれた。


「はじめまして、カルディア子爵。クラウディアの兄、ナターナエルと申します。王都の憲兵騎士団に勤めております。お会いできて光栄です」


「はじめまして、ナターナエル殿。こちらこそ、妹君にはお世話になっています」


 会釈をしようとすると、ナターナエルからは右手がスッと差し出された。一瞬迷ってからその手を握る。すると、苦笑気味のモードン卿が横から口を挟んだ。


「ナターナエル殿、貴殿の妹御は誰の侍女だったかな」


「え?……あっ!!」


 驚いたように私と握手を交わした手を見て、ナターナエルはズサッと機敏な動きで後ずさった。アークシアでは基本的に侍女を持つのは女性だけであり、子供でもそれは変わらない。男児に付く女性は侍女ではなく家庭教師(ガヴァネス)を名乗るのが通例となっているのだ。


「す、すみません。御令嬢にとんだ失礼を……」


「いえ、応じたのはこちらです。それに、この格好ですから。服装に準じた扱いで構いません」


 男性同士の初対面の挨拶は握手だが、初対面の異性は会釈で挨拶を済ませる。握手をするのは二度目から、というのが礼儀作法となっている。慌てて謝罪をするナターナエルに、私の方が申し訳ない気持ちになった。




 給仕から受け取った飲み物を嚥下して、お互いに少し落ち着きを取り戻す。ナターナエルはもう一度失礼しました、と今度は冷静に一言謝ってから、クラウディアの方に向き直った。


「それで、クラウディア。そろそろ辞職の旨を伝えた方が良いんじゃないのか?その様子だと、まだなんだろう?」


 そうして投下された言葉に、私もクラウディアもギョッと目を剥いた。その横で、モードン卿だけが涼しげな笑みを浮かべて興味深そうに成り行きを眺める。


「え、何だそれは?」

「何だそれはって……ほら、お前、父上と約束していただろう。二十歳までに騎士団に入団出来なかったら家へ戻って親の用意した縁談に従うと」

「……ああ!」


 合点のいったようにクラウディアはぽんと手を打った。

 いや、ああ!じゃないだろう。忘れていたのか、そんな大事な事を。とは言え私も人の事をとやかく言える立場ではない。私だって数年前にそのような話を聞いていた筈なのに、すっかりその事を忘れていた。騎士団を創るべきか、などと悠長な事を言っている場合ではない。可及的速やかにカルディア領内に私設騎士団を創立して、クラウディアにはそこに収まって貰わねばならない。

 本当に、ノルドシュテルムの嫌がらせなどに係っている場合ではないではないか!

 胸中でそう絶叫しつつ蒼褪めながらも頭の中で急速に予算と編成案、創立の為の申請内容を弾き出す。そんな私を余所に、クラウディアはいつも通りに斜め上の行動を起こそうとする。


「エリザ殿、今夜の主催の方に挨拶をさせて頂いてもよろしいかな!?騎士団に入れてくれと頼み込んでおきたい!いや、入れてくれとは言わないから、入団試験だけでも!!」


「……待て待て落ち着け、クラウディア殿。完全に地が出ているぞ。それに今の貴女は侍女に過ぎない。爵位ある方々に挨拶出来る身分ではない、諦めてくれ」


「そんな!」


 ドレスの裾を掴んでいなければ、そのまま主催者の元へとすっ飛んで行きそうな勢いである。心持ちしっかりと裾を握り直して、どうどうと彼女を宥める。

 ナターナエルの手前繕っていた主人と侍女の対面がこれで完全に無駄になってしまった。もしナターナエルがそれを親に報告すれば、行儀見習いに行った筈なのに何も身に付いてないとクラウディアが生家に連れ戻されるのが早くなったりはしないだろうか。

 不安に思ってナターナエルの様子をちらりと窺ったが、彼はクラウディアによく似た猫のような笑みを浮かべ、楽しそうに私達のやり取りをただ眺めていた。


「……仲の良い主従だな。気の合う主人に出会えたようで、良かった。名前もきちんと覚えられているようだし」


 そしてトドメにこの台詞である。

 この一本外れたような、調子の狂わされる感じ。間違いなくクラウディアの兄であると思い知らされる事となった。


 一歩引いて全てのやり取りを眺めていたモードン卿が、苦笑と呆れをないまぜにしたように喉の奥で低く笑っているのを、物凄く疲れた気分で聞いた。

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