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38 今年の王都もなかなか不穏

 先にテレジア伯爵を自宅に送り、王都の街屋敷にやっと到着した。


「お帰りなさいませ、エリザ様」


 春先に手配して雇い入れた下働きの者達が一斉に頭を下げる。夏にしか殆ど足を運ばない家なので、普段は維持の為に最低限の者しかいない。

 初めて見る顔ばかりでその把握が出来ていないために、私は一人一人に名前と仕事を聞いて回った。王都の貴族は基本的に使用人の把握などしようとおもわないのだろう、随分驚いた顔をされた。雇用した者の事を知っておくのは合理化の基本なのだが。

 次いで今度は彼らに向かって黄金丘の館から連れてきた者達を紹介する。同じ馬車に乗ってきたクラウディアに、別の馬車でやってきたマレシャン夫人、メイドのフェーベ、コックのナタン。五年もの間黄金丘の館で働いてきた彼等が居るのと、慣れない使用人しか居ないのとでは違いが大きいため、最低限人員を連れて来た。他は留守番だ。

 私の周囲の人々は、五年前から殆どその顔ぶれが変わっていない。居なくなった者は伯爵によって解雇された最初の乳母、ゴールトン夫人だけだろうか。


「早速で悪いが、書斎は使えるようにしてあるか?」


「はい、エリザ様。完璧に全てご用意させて頂きました」


「では休憩を兼ねて私信を書く。夕食の支度を頼んだ。クラウディア殿とマレシャン夫人は私と同じ卓で食事をするので、そのつもりで」


「はい、エリザ様。承知致しました」


 使用人頭として雇った老齢の男が淡々と頭を下げる。他の新たな使用人達も、あまり私を歓迎しているような雰囲気ではなかった。

 まあ、カルディアの悪名は一切払拭されていないのだから、当然と言えば当然である。元々職にあぶれかけていた者達を安めの給金で雇ったのだ。教育にテレジア伯爵が一人女中頭も貸し出してくれたが勿論一季節で教育が行き届くはずも無い。

 だから、フェーベ。新人の使用人達に睨みを効かせるのはやめなさい……笑顔が怖い、目が笑っていない。温厚だとばかり思っていた我が家のメイドの新たな面を、ここに来て初めて知ってしまった。


 伯爵の貸し出してくれた女中頭が指揮をきちんととってくれたらしく、新人達は態度は良くないとはいえ仕事に抜かりはないようだ。書斎に入っても、埃一つ舞い上がらなかった。今の所事前に期待していた通りの事は熟してある。

 机の引き出しを開けて、封筒と便箋を一組取り出す。宛先はエリーゼだ。去年も一昨年もそうだったが、王都にいる間はエリーゼと手紙のやり取りをする事にしている。


 私が王都にいる間、黄金丘の館は少々伽藍とした空間になってしまう。エリーゼが寂しさや心許なさを感じないよう、少しでも慰めになるようにと書いているのだが、今は何処か習慣化しているような感覚がある。

 果たして、エリーゼ自身は今も私からの手紙を必要としているのだろうか。侍女として付けたラトカや見習い兵士のアスラン、夏にだけ館に遊びに来るティーラとレカが彼女の側にいるようになってから、エリーゼの手紙からは『会いたい』という言葉が減った。


 ──普段から碌に顔も会わせない私など、エリーゼ殿には居ても居なくても変わらない存在なのではないか?

 言葉として頭に浮かび上がってくる嫌な不安感を振り払うべく、私は両のこめかみを両手の指先でぐりぐりと圧した。

 さて、手紙を書くか。先ずは無事に王都に到着した事から。




 王都に来てからの予定は例年詰まり気味となっている。到着したすぐ次の日から第一回目の貴族院通常集会が行われた。

 テレジア伯爵と共に王宮の一角アレクトリア城へと参殿すると、毎年親しくしてくれる美貌の貴族、モードン辺境伯が早速私を見つけてするすると寄って来る。歳を重ねて尚深みが出て磨きのかかったその美貌にはいっそ感心するくらいだ。モードン卿は私に向けてにっこりと邪気の無い笑みを一度向けると、相変わらず最高級の絹糸のような銀髪を優雅に揺らして、伯爵へと軽く会釈をした。


「ご機嫌よう、テレジア伯爵、カルディア子爵。今年も元気そうな姿を見られて何よりだ」

「御機嫌よう、モードン卿。そちらも昨年とお変わり無いようで。ご子息もお元気ですかな?」

「ええ、お陰様で健やかに育っています」

「それは重畳。では、私はまた後程……」


 軽く挨拶のやり取りを交わしてテレジア伯爵は私に場所を譲り、先に自席に向かって行く。

 モードン卿が気に入って仲良くしたいのはテレジア伯爵ではなく、彼の息子と同い年の私であるという事は既に三人の中では相互に認識されていて、伯爵はとっとと私を前へと出してこの場を外れるのが既に通例の事となっていた。


「ご機嫌ようございます、モードン辺境伯。今年も誕生祝のお祝いを有難うございました」


 会釈よりも少し深めに頭を下げて、普段通り一つに纏めた髪の根元を一瞬だけ見せる。今年の春に遥々モードン辺境伯領から贈られてきた、シンプルなデザインの赤い宝石細工の髪飾りがそこには着けられている。

 初日から着けてくるとは思わなかったのか、モードン卿はわずかに驚いて、そうしてまるで大輪の華の様に表情を綻ばせた。それはもう、眩しいほど無邪気に嬉しそうな様子で。


「いいや、なに、私の息子達にお祝いを頂いているから、そのお返しだよ。でも着けてきてくれたのはとっても嬉しい。ありがとう、カルディア子爵」


 まるで自分の娘か何かでも見るような目で、私と視線をしっかり合わせてそう言ったモードン卿の手が、視界の端で少しだけ揺れた。頭でも撫でたかったのかもしれない。ここは貴族院なので、子供とはいえ他の貴族の頭など撫でればいろいろと拙い揶揄が出る事を思い出したのか、彼はぐっと指先を握り締めて衝動を抑え込んだようだった。

 一昨年に子供の頭は撫でる物であるという事に気づいたために、その衝動は私にも理解が出来る。とはいえ、頭を撫でられる対象にそう易々と組み込まれても微妙な感情があるのも確かなのだが。


 そうして彼は、その笑みを微動だにさせないまま、そっと声を潜めてその一言を落とした


「──騎士団本部の牢に捕えられていたデンゼルの盗賊団が、今年の春に処刑されたそうだ。君が自領で捕まえたあの盗賊団だよ」


 ……一体、彼はそんな情報をどこから仕入れてくるのだろうか。テレジア伯爵でさえも知りえない事をさらりと私に教えると、用件は終わったとばかりにモードン卿も自席へと行ってしまった。それはもう、実に優雅な身の熟しで。

 まったく、倣いたいほどの優雅さと凛々しさである。とはいえ男性の彼の所作を私が倣っても……という話なのだが。まあ、私は普段から騎士礼装を着ているのだし、憧れるくらいは構わない筈だ……などと自分で自分に言い訳染みた事を言い聞かせた。


 それにしても、とうとうあの盗賊団──に見せかけた隣国の工作員集団──が処刑されたか。処刑されたという事は、用済みになったという事だ。

 恐らく意味は無いとは思うが、後で騎士団本部の面会記録を閲覧しておくか。八割の確率で抹消されているだろうが。

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