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36 二度目の誕生祝

 種蒔きが終わった季節、今年も私は赤と黒の仕立てに銀装飾の入った凛々しい騎士礼装に身を包んで自分の誕生祝に臨んだ。

 テレジア伯爵は今年は髪を半分降ろしてみたらどうかと提案してきたが、これも何時もと同じ様に、頭の頂点付近で一つに纏め上げる。父は私と同じ色の長髪をいつも降ろしたままでいた。少しでも似たような格好をして、領民に父の面影を重ねられたくなかったのだ。


 昨年はアールクシャ教会への入信式の為に王都に居たため執り行われなかったが、今年は領地にいるので、領内の現状確認も兼ねて行った。

 今年も期間は三日間で、初日は領内の村を盛大に行進する。今年は領軍の他に私の私兵扱いであるシル族の戦士も組み込まれたため、かなり豪勢な行列だ。募集を掛けた領軍の新兵については、付近の村の人手に余裕のある家から十数人程やってきた。彼等は今回は訓練が間に合わないため留守となったが、そんな人数の差等は些細に感じられるという程である。

 二年前と比べると少しだけ余裕があるのも理由の一つだが、領内の景気が回復してきているためそれに合わせて豪華にした。もしも領民の生活水準が上がっているにも関わらず、領主の行進が見窄らしいままであれば、無駄に民に不安を与えることになるためだ。


 そんな訳で今回は、私もラスィウォクに乗っての参列となる。前回はラトカに石を投げられたため、騎獣で威圧してそういったアクシデントを防ぐ狙いもあった。

 ラスィウォクはやっと成長が止まったものの、体高が軍馬よりも高い。流石に私の幼く小さな体躯では、裸馬の如くにはまともに跨がる事も出来ないため、嫌がるラスィウォクを宥めて鞍をつけさせて貰った。


「今年は随分と大人しいな」


「……ああ、領民達か」


「そうなのか?」


 すぐ隣をギュンターとクラウディアに挟まれているのは、二人に私の護衛経験が多いのと、見目がそこそこ良いからだろうか。平凡と呼べない程度に精悍な顔立ちのギュンターは兎も角、クラウディアは黙っていれば結構な美少女である。

 一昨年前の物騒な緊張感を体験しているギュンターはどこか安堵しているようで、それを知らないクラウディアの方は、一見すると自然体だが良く観察すると警戒の為に瞳孔が開いている。野生動物か何かか。余談だが、ラスィウォクの体高が高い為、馬に乗る二人と私の目線が殆ど同じくらいになっている。


 これも前回同様、行進する道の端で領民が花道を作っているのだが、最初に通ったクラリア村では笑顔で見送ってくれる人がちらほらと見えた。

 この村は黄金丘の館から最も近い事もあって、領内の変化が顕著に出る。笑顔の人は主に冬の間に様々な交流を行ったシル族の戦士にその表情を向けていたが、私を見てもあまり表情を変えなかった。


「領主様万歳!エリザ様とテレジア伯爵様がずっと元気でありますように!」

「領主様万歳!」


 花道が途切れるころ、名主が私に向かって叫ぶ。追従して村の人達からも万歳の声が上がった。


「万歳だってよ。良かったな、御館様──って、おい?」


 朗らかに笑い掛けるギュンターが、ぎょっとしたように驚きの声を上げた。

 何とか背筋を伸ばして前を見据えるのを維持したが、涙がぼたぼたと頬を伝って落ちていく。子供だから化粧をせずにいて良かったと思う。


「あーあ、村を出たら休憩だなこりゃ」

「泣き顔で行進するわけにも行かないからな」


 両隣から苦笑したような声が聞こえる。呆れたようで、とても暖かい声だった。

 涙が垂れたのが解ったのか、ラスィウォクの長い蛇のような尾が器用に私の背を撫ぜる。機嫌良さそうに耳がぴこぴこと揺れ、日光を反射して鱗を煌めかせた。




 他の村でも重苦しい緊張感こそ無くなっていたが、領民の目はどちらかというと探るようなものだった。生活は良くなってはいるのだろうが、領主が私である為に不信感もまだ残っているといった風だった。前回一騒動起こったシリル村は未だに嫌な雰囲気さえ残っている。おずおずとした視線をほんの一部から感じはしたが、大部分はやはり葬儀のようにむっつりと黙り込んだまま行列を見送っていた。

 私が表に出るようになって二年。私の姿など殆ど見る事の無い村の民にとっては、身近でない存在を見定めるのは難しい。厳しい視線が身を抉る。甘んじてそれを受け入れた。


 全く異なる視線が集まったのは、今年は最後に訪れる事になったネザの村に入った時だった。穏やかな笑みを向ける者、少々の畏怖を込めつつも真っ直ぐに私を見る者、様々な反応があれどそれらは一様に暖かみがあるものだ。


「御館様、ほら、そこ。見てみろ」


 楽しげな表情のギュンターが、ついと右側を指差す。目を向けると、花道の最前列で女達に囲まれて、髪の短い二人の村娘がはにかみながら私に手を振っているのが見えた。二人が頭に乗せた色とりどりの花冠は、濃い赤色が主色となっている。

 あまりにも嬉しくなって、思わず表情が崩れた。唇の端が勝手に吊り上がり、目尻が下がる。控えめに手を振り返すと、村娘達は揃って頭をぺこりと下げた。


「御館様に、祝福を!」

「お誕生日おめでとう、御館様!」


 途端、両端にいた村人達が歓声を上げて何かを上空へと撒き散らす。ひらひらと揺れて落ちてくるそれが、村娘のつけている花冠に使われたのと同じ色の花弁だと分かると、またしても目頭が熱くなった。

 小さい子供は涙腺が緩くていけない。

 ネザの村人達のこの歓迎を事前に他の者達は知っていたらしく、随分と微笑ましげに見つめられたのが少々気恥ずかしかった。

これで第二章は終わりです。次から第三章、少し年月が過ぎます。

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