33 麻縄作り
「御館様の遊び相手の遊び相手に子供を館へ招きたい?……正直、言ってて混乱するのだが。どういう事だ?」
眉間に皺を寄せてテオは結えていた麻縄を床に置いた。心底解せぬといった顔をしている。
エリーゼの遊び相手にシル族の子供達を、と仕事のついでにテレジア伯爵と二言三言話をして、問題が無かったので次はテオへと話を通そうとしているわけだが。
「確かにややこしい事にはなっているが、簡単に言えば誰かに我が家で預かっている娘の相手をしてやって欲しいだけだ」
「御館様が相手をするんじゃダメなのか?そのための遊び相手なんだろう?」
全くテオの言う通りである。本末転倒も良い所だ。しかし……
「なかなか顔を出せなくてな。それに、少し会うのに気不味い奴がいるんだ……」
ラトカの事を思い出して、口の中に苦味が広がる。あれをエリーゼの元へと置いたのは、他に置いておけるところが無く必要に迫られたものではあったが、それでもそのせいでエリーゼの部屋から足が遠のいているのは事実だった。
仲違いの決定的な原因となった、カミルの代わりにしているんだろう、という言葉が、今でも棘のように私の心に刺さったままでいる。ラトカの顔を見る度、それが心の柔いところを抉るのだ。
カミルのこと、領民のこと、名前もない墓石のこと、自分のこと……。上手く言葉にする事は出来ないが、結局ラトカは私にとって、トラウマの結晶のような存在なのだと思う。
自分に似た容姿。父によって脅かされた命、受けた迫害、狂人となった母親との関係。カミルの居なくなった空白に、何を思ってかゆっくりと入り込んできた。そのどれもが、私の中の澱のように積み重なる罪悪感や嫌悪感へと直結する。
私は今でも彼に石を投げられた瞬間を忘れていない。
「……率直に言うと、今の私には側近が居ない」
感情が入ったせいで思考が脱線し過ぎた。どう話を修正するか考えて、今回の話にテレジア伯爵が挟んできた計画についての話をする事にした。
「突然何の話だ?」
テオが首を傾げる。話の転換についていけない、といった表情だった。
「人材が無いせいで候補すら居ない。私はともかく、テレジア伯爵も貴族としてはかなりの孤立主義的な立場にあるから、そちらのツテも殆ど辿れない」
唯一カミルが将来そうなるように教育されていたが、もう彼はいないのだ。
クラウディアは側に置くには護衛以外に役に立たなさすぎるし、マレシャン夫人は歳が離れ過ぎている。
「……あー、そういう事か。つまり遊び相手として館に立ち入らせる事で、将来の側近候補として繋げる目論見があると」
テオは勝手に話を推察して、勝手に納得した。理解が早くて非常に助かる。
「長期的目線ではそうなるかもしれない。この話の発案者はあくまでもテレジア伯爵だからな」
エリーゼの話し相手が欲しいのと、私の側近候補が欲しいのは異なる目的であって、目的に対する手段ではないのだ。
まあ、恐らく悪い話ではない筈だ。
今は即戦力として例外的な扱いではあるが、客観的にはやはり他の領民と比べると新入領民は立場が弱くなる。特に領の運営に直接関与しない領民達自身からすれば、新入領民は新参の余所者という意識が根強いだろう。
しかし、そこから領主の側近が出れば話は大きく変わってくる。領民からの感情がどんなものであれ、領主という存在が領内に与える影響は限りなく大きいのだ。
「……他の長とも話をしなければ諾とは言えないが。一応言うと、氏長としては許可を出せるだけで、館へ行くかどうかは本人の意思に委ねるぞ」
「そこは別に構わない」
嫌がる者に領主として命じても仕方がない事だ。何しろ賓客の相手をさせようというのである。仕事だと割り切れる大人であればともかく、招くのは子供なのだから、なるべくエリーゼの話し相手という役割に好感を持つ者のほうがいいに決まっている。
それに何も、館へ住めと言っているわけじゃない。冬が終われば他の新入領民と共に開拓地に戻らせるつもりだし、それ以降は私が領を空ける事の多い夏に館へ遊びに来てもらえればそれでいい。
側近候補の事だって、今すぐの話でもなければ、確実にという訳でもない。
「で、具体的には誰がいいんだ?」
「ティーラ」
「即答だな」
「天幕で、積極的に世話を焼いてもらっていて。……気遣いがとても助かっている。面倒見が良くて色々説明上手だから、ご令嬢の話し相手としては申し分無いだろう」
いきなり彼らの生活の中に割り込んだ私に、彼女は非常に根気よく接してくれている。それにどれほど助けられたか。思い浮かべるとじわりと胸のあたりが暖かく、それと同時に擽ったくなる。
「わかった。明日他の氏長達と話をしてみよう」
「頼んだ」
話が終わると、テオはさっさと麻縄作りを再開した。今日はこれ以上やる事も無い私は、夕飯まで僅かに残った時間をどう使おうかと少し迷って、実に鮮やかな手付きで麻縄を結わえるテオを見ていることにした。
縄は領民も作っているものだが、今までその作業を見た事は無い。純粋に興味があった。
数分の間黙って縄に向き合っていたテオだったが、やがてくるりと私を振り返る。
「……何を見ているんだ?」
「縄作りだが」
「ああ……やり方を教えてやろうか」
視線を感じて作業がしにくい、とまで言われてしまう。いや、別に構って欲しかった訳では無いのだが。
「後学のために一応聞いておこう」
頷いて隣へと移動すると、テオは何だか生温い視線を私に寄越した。一体何だ、その顔は?