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30 喧嘩の種になる

 私が世話になっているシル族の子供の天幕で雪の結晶を見たりラスィウォクを呼んだりしたという話が、いつの間にやら隣の天幕にも伝わっていたらしい。子供の口に戸は立てられないし、まあ、立てた覚えも無いから当たり前だが。

 とはいえ、最近よく子供達が好んでするようになった団子状にくっつきあうアレを私を中心にしてやられると、一応戸を立てておくべきだったかもしれないと今更ながらに思う。


シル族の子(シルヴァニシュヘン)ばっかりずるいっ!僕達もエリザ様と遊びたいよぉっ!!」

「エリザ様は私達の天幕にお泊りしてるんだよ!何にもずるいこと無いもん!」


「お前らだけ狼竜(ドラカニス)と遊んだりしてて不公平だろ!」

「そんな事言ったって、お前ら今までエリザ様と友達になりに来たりしてなかっただろぉ!」


「どーしていっつも呼んでくれないの!?エリザ様の事独り占めしてるんでしょ!遊ぶのはフツー順番でしょ!?」

「一人じゃないから独り占めって言わないんですーそんな事も知らないのー?大体順番って、エリザ様は玩具じゃないし!」


 私を腹側と背側から抱きかかえながら、二人の少年少女が中心となってシル族の子供と農耕民族の子供がわいのわいのと言い争う。つまり、簡単に言うと子供の喧嘩である。

 お互いの言い分から察するに、私が寝泊まりしている方の天幕の子供を贔屓し過ぎたらしい。

 悪い事をした、と思う。思うから、一度離してくれはしないだろうか。ぎゅむぎゅむと両側から数十人もの子供達に押し潰されて、口から何か出てはいけないものがでそうな感じだ。く、くるしい。


「じゃあ今日からはぁ、エリザ様が僕達の天幕に来ればいいじゃん!」

「馬鹿な事言わないでよね、レカ!エリザ様がどこにお泊りするかは氏長達が決めたんだよ?」


 私の背の方から腹に手を回してしがみついている、特徴的な語尾の伸びる喋り方の少年はレカというらしい。隣の天幕の子供とは全く交流をしていないので、誰なのかもよくわかってないのだが。

 対して私の正面から首に腕を回して抱き潰そうとするのは、普段から私の世話をよく焼いてくれる少女であり、名をティーラという。二人はぎゃんぎゃんと言い争っているが、そこそこ親しげな感じもあり、普段の仲はおそらく悪くない筈だ。なのに、何故こうまでも私を挟んでヒートアップするのか。

 あれか、やめて私を取り合わないでとでも言えばいいのか?……現実逃避的に阿呆な事を考えたが、鳥肌つほど気色が悪くて考えた事を後悔する。

 ついでに頭からさーっと冷えるような感覚がして、頭が立ちくらみのようにぐらぐらと痛み始めた。く、首が、腹が、本当にくるしいのだが。

 ああ、私はここで死ぬのか。一つ二つ年上の少女に全力で首に抱き着かれて縊死か、或いは圧死か、将又窒息死……


「おい、お前らいい加減にしろ。レカもティーラも!エリザ様、青くなってるだろ」


 そんな中子供達の壁を割って仲裁に入ってきた少年は、天からの救いかヒーローかとすら思えた。私を締め付ける二つの腕を引き剥がして、二つの頭を器用に同時にぺしんと叩く。

 ティーラと殆ど同じ程の背丈に、蒼がかった銀髪が揺れている。──おや、この髪見覚えがある。


「……、アスラン?」


 先日ほんのちょっとしたやり取りの際に覚えた名前を呟くと、少年はぱっとこちらに顔を向けた。そこにはやはり見覚えのある、驚いてぽかんとしたあどけなさの残る表情があった。


「俺の名前……覚えていたの?」


「勿論。それより、助かった、ありがとう。ちょっと苦しかったんだ」


「ちょっとじゃないだろ。青い顔してた」


 呆れたような目を向けられて、肩を竦める。確かに死を覚悟するほど苦しかったが。

 遠い目になりながらも何となく引き攣ったような微笑みを浮かべると、おずおずと袖を引かれる感覚があった。見ると、アスランに怒られて少しは冷静になったのか申し訳無さそうな表情のティーラと、彼女より背の低い少年が揃って私を上目遣いに見ているのとバッチリ目が合う。

 少年の方が恐らくレカと呼ばれていた子供だろう。彼はいじらしく瞳をうるうるさせながら、ごめんなさい、と謝罪する。


「本当にごめんね、エリザ様……」

「もう絶対しないから、エリザ様ぁ……」


 ティーラとレカが口々に謝ると、取り囲んでいた周囲の子供達も正気に戻ったらしく、バツの悪そうな顔をしている。

 その潤んだ瞳に、う、と言葉につまり、こちらが逆に罪悪感に苛まれた。元はと言えば、やはり私の考えが足りないのが原因だったのだ。


「い、いや……私の方こそ、すまなかった、ごめん。珍しい物を持ってきていた事は自覚していたのに、そっちの天幕の子を呼ばないのは不公平だった」


 レカ少年の言い分も最もな事だと思い、反省して私も頭を下げる。面白そうな玩具を沢山持った新入りが誰かとばかり仲良くしていたら、それはまあ、面白くないのは当たり前だろう。


 喧嘩の渦中で成す術無く青くなっていた私の謝罪が不可解だったのか、レカとティーラ、それにアスランが顔を見合わせる。そうしてもう一度私に視線を向けると、ティーラは罰が悪そうにちろりと舌を出し、アスランは苦笑し、そしてレカは何やら嬉しそうに、ぱっとほころぶように笑った。


「次からは、何か遊びを思いついたら君達も呼ぶよ。テオに話して、隣の天幕にも行っていいか後でちゃんと聞いておく。許してくれるか?」


 レカはやはり嬉しそうにしながら、後ろにいる同じ天幕の子供達を振り返って──不公平だと訴えていた方の子供達だ──それを見回してこくりと一つ頷くと、「いいよ!」と私に向かって答える。おそらくレカは体は小さくとも、農耕民族の子供の天幕ではリーダー的な存在なのだろう。


「まさかエリザ様が謝るなんて思わなかったんだけど、エリザ様が遊ぶっていうなら、ぜんぜんいいよぉ。僕達、シル族の子(シルヴァニシュヘン)と仲直りするねぇ」


 ほやんと笑ったレカは、代表同士という事なのだろう、ティーラとごめんなさいをしあって、それからお互いを軽く抱擁した。これで仲直り、というわけか。

 二人は仲裁に入ったアスランにも揃って頭を下げた。先日はアルトラス時代の下民身分とシル族の戦士の関係性から気を昂ぶらせて感情的になっていたが、本来はなかなか理性的な子供らしい。そのせいか、苦笑を浮かべた大人びた顔は他の子供より少しだけ年長、私やティーラと同じくらいの年齢に見える。


「……レカ。その、シル族の子(シルヴァニシュヘン)という言葉を使うの、やめないか?俺達にはもう、シル族だとか、下民だとか、そういうのナシになったんだ。俺達みんなアークシア人になって、カルディア領の領民になったんだから」


 そして彼は一転、複雑そうな表情を浮かべて、レカにそう言い聞かせた。

 そこにあるのは先日の表情とまったく同じもの。私の言い分を分かってくれたのだろうか、それとも納得がいかずとも、私の意志を汲んでくれたのか。


「……うん。わかった、もう言わない事にするねぇ」


 先日のやり取りを聞いていたのか、レカは私をちらりと一瞥して、やはり嬉しそうに頷いた。

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