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27 雪の結晶・下

 天幕の中にラスィウォクを呼び寄せると、子供達はこわごわと、だが喜色も顕わにその狼竜を取り囲んだ。


「──凄い」


「大丈夫、馬や羊と同じで、酷い事をしなければ大人しい」


 初めて見る狼竜の迫力に圧倒されて動けない子供達に苦笑しつつ、先にラスィウォクの傍に立って鼻面を撫でてやる。これほど大勢の子供に囲まれた事のないラスィウォクも戸惑ってはいるようだが、取り敢えずといった様子でその場に寝そべった。


「エリザさま、触ってもいいの?」


「ラスィウォクは毛皮ではなく鱗皮だから、そっと撫でてやってくれ」


「う、うん」


 年長の子が数人、おずおずと前へ出て各々ラスィウォクに触れた。手つきは慎重すぎる位だった。


「うわ、つやつやしてる」

「全然馬とは違うね」


 本当に危険は無さそうだと判断したのか、他の子供達もそろそろと寄ってラスィウォクに手を伸ばし始める。生まれた時から家畜と共に育ってきた彼等は、少しすればすっかりラスィウォクに慣れてしまった。危な気の無い接触の仕方にか、ラスィウォクの方もいつの間にか寛いでいる。

 そうなってくると、更に興味深そうにラスィウォクを観察したり、感触が気に入ったのか撫で続ける者と、少し見られればそれで良かったのか、満足そうにその側を離れる者とに別れてくる。

 私はポケットの中のリーディングストーンを握り締めて、ラスィウォクから興味を無くした子供達に声を掛けた。


「ねぇ、君達は雪がどんな形をしてるか、知っているか?」


「え?雪のかたち?」


 一様にきょとんとした表情を浮かべた彼等に、少しだけわくわくした気分を感じる。頷いて肯定すると、彼等は知らない、と首を横に振った。土の粒みたいなんじゃないか、と声を上げる者もいる。


「見てみないか」


「でもどうやって?粒にしか見えないよ」


「秘密道具を持って来たんだ」


 そう言って手の平を差し出し、指を広げた。秘密道具、なんて言い回しに自分でどうにも可笑しくなって、昂揚する気分に頬の筋肉をそのまま任せる事にする。


「これ、何?凄い。氷みたい」

「違うよ。これは多分、ガラスじゃない?」

「なんかエリザさまの手が変に見えるね」

「本当だ。大きく見えるみたい……あ、もしかしてこれで雪の粒を見てみるの?」


 話の趣旨を理解したらしい子に頷けば、子供達の目が再び好奇心に輝き始める。


「見たい!」


「うん、私も見たい。外に出ようか」


 子供達は一斉に頷き返して、それから各々がしっかりとマフラーを首に巻き始めた。本当に少しの間なのでいらないのではないか、と思っていた私にも、一番世話焼きの女の子があっという間にマフラーをぐるぐる巻き付けてしまった。


 そんな風にして防寒を整えて天幕から這い出すと、それほど時間は経ってない筈なのに、いつの間にか随分と暗く雪雲が垂れ込めている。辺りは薄暗く、地面に積もった雪の方が仄かに明るいくらいだった。


 子供達は今度は私をぐるりと取り囲む。先程のラスィウォクを思い出してちょっと笑いながら、ミトンを着けた手の平で降ってくる雪の粒を受け止めた。

 その上へ、リーディングストーンを乗せてみる。さてな、この世界でも雪の結晶はあの花のような六角形なのだろうか?手の上のガラスの塊を覗き込めば、そこには思い描いていた通り、美しい六花が浮かび上がっていた。


「見えた」


 子供達に向かって手の平を差し出してやると、彼等も興味深そうにそれを覗き込んで、そうして一気にテンションを跳ね上げた。


「凄ーい!きれーい!」


「何がだ?」


 きゃあきゃあと騒ぐ子供達の声を聞きつけて、付近の天幕から大人達が不思議そうに顔を覗かせる。


「あのね、雪が凄いの。お花みたい」


 したり顔で説明する少女の表現に、ふと嬉しくなった。やはりこの六角形は、花のように見えるらしい。


「どれどれ?……ほぅ、本当だ。これが雪の粒の形?凄いな」


 言われるがままにリーディングストーンを覗き込んだ男が、先程の少女の頭を撫でて褒めた。ああ、そうか。褒めるときは、頭を撫でた方が良かったのか。

 ラトカを労う時、一度もそういったスキンシップは取らずにいた事を思い出した。子供はああして褒めてやるべきだったのかと、今更その間違いに気付く。


 男は近場の子供の頭を一頻り撫でると、それから戸惑いがちに私を見ながら手を下ろした。何か言うべきかと躊躇って、しかし視線をすぐに子供達へと戻してしまう。


「……風邪を引かないようにね」


 穏やかにそう笑いかけて、男は天幕に戻って行く。

 それを黙って見送った私の頭を、後ろから誰かが突然撫ぜた。


「エリザさま、凄い凄い」


 それを皮切りに、周囲の子供がいっぺんに駆け寄って来て、我先にと私の頭を撫ぜまくる。ぎゅむぎゅむと四方から押され、ちょっと押し競饅頭みたいだな、などと思った。


「ねぇ、そろそろご飯の時間だよ!」


 天幕からラスィウォクの方にいた子供が顔を覗かせてそう声を掛けてくれると、子供達は歓声を上げて飯炊き場へと歩き始める。いつも通り私の手も誰かに握られて、だが今日は周囲に沢山子供が居すぎて誰と手を繋いでいるのか分からない。右にも左にも、ミトン越しに高い体温を感じる。


「──あ。皆でくっついてると、温かいね」


 誰かが気づいてそう声を上げたら、次からはこの団子状移動が子供達の決まりになったらしかった。

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