■第一の服従
ランク表が掲示された当日。
前日から違和感は多少なりともあったのだが、今改めてその違和感が確信へと変わる。
教師は、金城の完全なる言いなりだ。
どのような繋がりがあってこんな関係が生まれているのかは分からない。
それでも、朝のHR時に入ってきた担任は、教室の異常な光景を見ても、それがここでの『常識』であるあかのような態度で振る舞い、何事もなかったかのように連絡事項だけ述べ職員室へと帰っていった。
ざわめくクラス。
俺はとりあえず、殴られまだ意識が戻っていない桜井を保健室に連れて行こうと、倒れた桜井の身体を起こそうとし――
「何をしているのですか? 小松君」
「――っ!!」
金城が声を掛けてきた。
桜井をこのような状態にした元凶である金城が。
無意識レベルで、身体が小刻みに震える。
わずかな時間で、俺は金城を恐怖の対象として捉えてしまっている。
「いや、桜井を保健室に連れて行こう……かなと……」
「保健室……ですか」
指を口元にあて、なにやら考え事を始める。
その数秒の間が、俺の中に隠れる恐怖を沸き立たせ、
全身から汗がにじみ出てきていた。
しかし、俺が予想していたような展開ではなく、
「――さすが小松君、優しい心を持っていますね」
どこか不気味な笑顔を向ける金城。
「僕が【Bランク】に位置づけしたのは、やはり間違いではなかったようですね。けれど小松君、このクラスではそんな邪魔な感情は捨ててもらって結構ですよ? なぜならこのクラスは僕の独裁国家。その僕が付けた【ランク】は絶対なのですから」
金城はポケットから、紙を一枚取り出す。
そこに書かれたものを見ながら、「そうですねぇ……」となにやら考え事をし、
「では、【ランクD】の雨宮怜さん。ドコにいますか?」
「ひっ……!」
急な名指しで呼ばれたのは、唯一このクラスで自分と同じ中学出身の、雨宮。
普段からあまり喋ることもなく、どちらかというと静かで、良く言えば清楚、悪く言えば根暗な印象がある。
その雨宮がなぜ金城に呼ばれたのだろうか?
「あ、そこにいましたか。では前に出てきてくれますか?」
その言葉に多少なりとも戸惑いを見せる雨宮。
しかし、ほんの数十分前の様子を見ている為、素直に言うことを聞き前へ出てくる。
「では雨宮さん。【Bランク】の小松君の代わりに、【Dランク】のあなたが、桜井君を保健室へと連れて行ってあげてください」
「……え?」
妙にランクの部分を強く言う金城。
「……いや、雨宮。俺が連れて行くから大丈夫だぞ」
「え、う……うん」
「雨宮さん。小松君」
そもそも自分から言い出したことだ。
他の人に迷惑を掛けるわけにはいかない。
しかし、そこで金城から再び言葉が発せられる。
「いいですか二人とも。私が言ったことは絶対なんです。そこに同情、感謝、哀れみ……その他さまざまな感情は必要ありません。あるのは『絶対服従』。それだけです。【Sランク】の僕が言うことは絶対であり、選択権は君たちにはないんですよ」
つまりですね、と金城は一度間を取り、
「――さっさと従えよ。愚民共」
表情は穏やかなまま。
だが、声色は確かに変わり。
発せられるオーラも、混沌に染まったような気がした。
同級生とは思えない雰囲気を醸し出している金城。
さきほどの出来事との相乗効果もあり、金城から目が離せなくなる。
「わ、分かった……。分かったから」
「わ、私が行きます……」
従わざるをえない。
別に逆らおうとは考えてはいなかった。
ただ単に、自分がこうしたほうが良いと思ったからしただけ。
でも。
金城のランク制度には、そんな気持ちはいらない。
あるのは、階級を示す【ランク】のみ。
上位の者の意見に、下位の者が従う。
このクラスに存在する、唯一のルール。
元々身体の線が細い雨宮が、男の桜井を保健室まで連れて行くというのは、なかなかに根性のいる行動だと思う。
でも、俺は手伝えない。
そう、言われたから。
先ほどまでの出来事があければ、金城の言葉など無視していただろう。
いや、これはいい訳か。
自分の中で、合理性を見つけたいだけか。
俺は、ただ……
「怖かった、だけなんだ……」
高校という、新しい居場所で。
いきなりこんな展開が待っているなんて思わなかった。
それでも、俺は運がいいほうだ。
なぜなら俺は、【Bランク】だから。
俺が逆らってはいけないのは、金城を含め三人のみ。
その立場を、壊したくないから。
「なんて最低な野郎なんだよ俺は……っ!」
金城に聞こえないよう、小さく呟く。
俺はこの現実を、素直に受け入れていいのだろうか。