偽称・生命維持科学開発研究所
アミタブ、フライラ、そしてミューラの三人は、青い海と青い空に囲まれた洋上にいた。
三人は、セーシェル諸島から空路でモルディブ諸島に移動してから、南の海上へ高速艇で移動していたからだ。
「これが仕事でなかったら、最高ね」
ターコイズブルーのタンプトップに白の麻のジャケットに白い麻のパンツを履いて、白いフレームのサングラスを掛けたフライラは、長い髪をなびかせながら言った。
「ホントだな」
黒のジェットサングラスを掛けたアミタブが応えた。アミタブは、黒のハーフパンツにオリーブのタンクトップ、浅黒く日焼けした太い腕で船のマストをしっかり抱えて立っていた。
白いTシャツに白のジャケットに白のスラックスで、船のキャビンの中でジッとうずくまっていたミューラはこう言い放った。
「私は嫌だね、こんな明るい風景は」
フライラは、ミューラの言葉に対して吐き捨てるようにつぶやいた。
「デリカシーも何もないわね」
「さぁ、これからどこへ行くんだ? 説明してほしいぜ、まったく……」
キャビンの中に差し込む日差しさえ避けようとしているミューラはブツブツとつぶやいていた。すると、アミタブがミューラを覗き込んだ。
「えぇ、博士。これから説明しますよ」
ミューラは、アミタブの行動にギョッとしてたじろいだ。
「よ、よろしく、頼む……」
アミタブとフライラは、ミューラの横に座って説明を始めた。
「今、我々はモルディブの南にいます。モルディブの南端であるアッドウ環礁から南へ十キロメートルほどを移動中です。もうすぐ人工島が見えてくるでしょう。それが『生命維持科学開発研究所』です。我々の拠点となる場所です」
そして、フライラも説明を始めた。
「人工島といっても、それはあくまでも桟橋程度で、一種のカモフラージュです。ここも人工島の下に海中ドームに建設されていて、研究都市となっています」
ミューラは腕組みをして静かに聞いていた。
「海底ドームばっかりなんだな」
ミューラの言葉に、アミタブが再び説明した。
「温暖化騒ぎの時に領土が減りましたから、その対策でね。今では領土も回復したので、不要になったドームを研究施設に当てたという訳です」
突然、フライラが指差した。
「あれです、あれが人工島です」
ミューラは立ち上がって、キャビンの窓から覗いた。
人工島というからには、いかにもコンクリートの造作かと考えていたミューラだったが、どこから見ても立派で自然な島にしか見えなかった。緑の森と白い砂浜、その砂浜にはヤシの木がうっそうと生えていたのだ。ただ、船を接岸する岸壁だけが人工物として認識されただけだった。
三人を乗せた高速艇はスピードを落としてゆっくりと岸壁に接岸した。
岸壁に降り立ったミューラは「暑いな」の一言をつぶやいた。
「南の島の特許ですから」とフライラは返した。
「博士、こちらからどうぞ」
アミタブは、岸壁の近くに建てられた三階建てのビルに、ミューラを案内した。
ビルの中に入ると、ありがちな南国の旅行代理店風だったが、アミタブとフライラを見るなり、所員たちは一礼をしたのだった。
ミューラは、その異様な雰囲気に飲み込まれながら、フライラにエレベータに乗るように指示された。
エレベータの表示が「B12」と表示された時、エレベータのドアが静かに開いた。ドアが開いた途端、床に淡くておぼろげなブルーのオプティカルサインが揺らめいた。深さ五十メートルの浅い熱帯の海を通した光だった。分厚いアクリルで作られた天井であるドームを見上げると、まるで夜空のようにキレイだった。
海底ドームの頂点に、船から降り立った人工島があったのだ。そして、直径百メートルのドームの中には、いくつか建物が建てられていた。フライラが観光ガイドのように説明を始めた。
「右手前方が第一号棟で、主に微生物の研究・実験を行っています。右手の第二号棟は、バクテリアや細菌の研究・実験、左手前方が、ウイルスの研究・実験を行っている第三号棟、左手はマクロ生物、いわゆる動物と植物を研究している第四号研究棟と、それぞれ呼ばれています。後方の施設は第五特別研究棟で、各文化圏の医術、つまりインドのアーユルベーダ、エジプトのミイラ技術とかを研究しているわ。そして最後に、人工島へつながるこのセントラル・タワーがそれぞれを管理している第六総合管理棟です。この『生命維持科学開発研究所』のあらましは、こんな感じかな」
ミューラは周りを見てから、フライラを見て言った。
「ほとんどの研究施設が医療や生物に関するモノばかりじゃないか。機械を発明したり開発する部門が全く無いようだが? どこが『宇宙の生命維持』に係わっていると言うんだ?」
フライラは微笑んで答えた。
「あら、意外なことをおっしゃるんですね、ミューラ博士。あなたの理論は機械とは無縁ではなかったですか?」
フライラに指摘されて気が付いたミューラは、ちょっと赤くなった。
「あ、いぇ、まぁ、それはそうなんだが…」
アミタブが、今度は答えた。
「我々は、博士に全面的に協力すると言ってるんです。これくらいの設備を用意しなければ可笑しいでしょう」
アミタブにそう言われて少し照れたが、本心ではかなり気を良くした感じのミューラだった。
「それではフライラ、ミューラ博士を博士専用のオフィスへ案内してくれ」
「えぇ、分かったわ。ミューラ博士、こちらへ」
フライラはそう言うと、ミューラを先導して中央タワーの脇にあるサブタワーの一つに向った。