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説得という尋問

 間接照明がやんわりと包むホテルの一室に、若い男と若い女とヨレヨレの男は居た。

 若い男と若い女は、姿こそ黒サングラスに黒のスーツという衣装に変わりはなかったが、いくらかくつろいでいた。しかし、ヨレヨレの男は椅子に座らせられて、おまけにロープで縛られていた。

「う、うーん」

 ヨレヨレの男がうめき声をあげた。どうやら意識が戻ったようだった。そのことに気付いた若い女が、ヨレヨレの男に話し掛けた。

「博士、博士。気が付きましたか?」

 若い女に博士と呼ばれた男は、もうろうとしながらも答えた。

「あぁ、ひどく頭の左側が痛い…」

 バーのトイレで便器にしこたま打ち付けた頭のことだが、幸いなことに出血も内出血もなく、この男の頭の固さに、若い男と若い女は驚いたほどだった。

 しかし、ヨレヨレの男は自分が縛られていることに気が付くと突然わめき始めた。

「おい、私をどうしようと言うんだ! 何で縛るんだ? 放せ、放せと言ってるんだ!」

 暴れる男の肩を、若い男がむんずと掴んだ。すると博士と呼ばれたヨレヨレの男は、急に静かになった。

「静かに。こちらの話を聞いてもらえませんか、ミューラ博士」

 わめき散らしていた『ミューラ博士』と名前を呼ばれた男は、ハッとして若い男の顔を見た。

「私のことを知っているのか! だったら、なぜ? や、やっぱり、殺そうというのか、えぇ?」

 ミューラは、カッと見開いた目から鋭い眼差しで若い男を凝視した。それに応えるように、若い男はミューラに不敵な微笑みを投げ掛けながら言った。

「殺そうとは思ってませんよ。殺すつもりならもう既に殺っちゃってますよ、ミューラ博士」

 その横から、若い女もミューラに話し掛けた。

「少なくとも私たちは、博士にとって『敵』ではないつもりなんですが」

 ミューラは、言葉を発した若い女にも、若い男の時と同じく厳しい眼光を向けた。

「それなら、私をなぜ縛るのだ? 敵ではないというのなら?」

 ミューラの肩に手を当てたままの若い男は表情を変えずに、その手に力を入れたようで、ミューラは急に顔をしかめた。

「い、痛い、痛いぞ! その手を緩めてくれぃ」

 若い男はニヤリと笑って言った。

「博士が逃げるからですよ、我々の話も聞かないで」

 若い女も同調した。

「えぇ、ホントに。もう少し物分りがいい方かと思ってたのにね」

 ミューラはその痛みに耐えかねて、遂に懇願した。

「分かった、分かった。話を聞くよ、聞く。聞けばいいんだろ!」

 それでも若い男は力を緩めなかったために、若い男の指先はミューラの肩に食い込んで見えなくなっていた。それに呼応して若い女がミューラに迫った。

「聞くだけじゃダメですわ、博士。理解して、納得して、従ってもらわないと」

 ミューラは完全に悶絶していた。

「わ、わ、分かった、分かった。な、な、何でも、い、言うことをき、聞くよ」

 若い女はミューラの顔を覗き込みながら、念を押した。

「それはホントですか? 嘘つきはいけませんよ」

 ミューラは、額から脂汗を流して気絶しそうだった。

「あ、あぁ、ほ、本当にだ、ホントだ。だから、頼む……」

 若い男はその言葉を聞き終えて若い女と目を合わせた後に、ミューラの肩に置いた手を緩めてからゆっくりとミューラに言った。

「博士、我々は博士の知恵をお借りしに来たんですよ。つまり協力要請という訳です」

 若い女は、ミューラを縛っていたロープを解きながら言った。

「私たちは、博士の研究をお手伝いしたいんです」

 ミューラは縛られていた身体をさすりながら、若い男と若い女の顔を交互に見回した。

「私の研究を、か? 本気で言っているのか?」

 若い女は、ミューラに向き直って言った。

「我々は『環インド洋宇宙開発機構』の者です。我々の宇宙開発はまだまだ後進している状況なんです。これに対して何らかの打開策を打ちたいと考えています。それもエポックメーキングな方法で」

 若い男は、サングラスの奥から目を輝かせながら喋り始めた。

「今までの宇宙開発とは違うアプローチで、我々の宇宙開発プロジェクトは進みつつある。我々も開発に余念がないのだが、博士に協力をいただければ五年、いや十年は先に進むことになるだろう。是非、博士の力を拝借したいのだ」

 ミューラ博士は、さする手を止めて若い男と若い女を食い入るように見つめた。

「あの論文を信じてくれるんだね、あの『宇宙工学的生命維持装置』の論文を」

 若い男と若い女の二人とも、ミューラ博士の言葉に、静かにそして大きくうなずいた。

 それを見てからしばらく考え込んだ後、深く溜息をついたミューラ博士はボソリと呟いた。

「あぁ、解かったよ。信じてくれるという君たちに協力しようじゃないか。あの『宇宙工学的生命維持装置』の論文のおかげで、学会から迫害されただけでなく、人権団体からは人殺しのように言われ、そして宗教関係者からは『神に対する冒涜だ』と罵られた。挙句の果てには、こんな片田舎まで追いやられた。地獄で仏とはまさにこのことだ。私に出来ることがあればやらせてもらおうじゃないか。奴等を見返してやるためにもな」

 若い男と若い女の表情には、明らかに喜びが見て取れた。

「ありがとうございます、博士」

 そう言って、若い男と若い女はにこやかにミューラと握手した。

「一つだけ、質問があるのだが」

 ミューラは握手をしながら、出し抜けに若い男と若い女に訊いた。

「なんでしょうか?」

 ミューラは少しモジモジしながら言った。

「ホントに、私の身の安全は保証されるんだろうな?」

 それを聞いた若い男は、握手するミューラの手を強く握り返して言った。

「えぇ、それはもちろんですとも」

 握手をしながら、若い男と若い女の口元に笑みが浮かんだことに、多少の引っ掛かりを覚えたミュラーだった。

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