髪の毛かと思っていたけどちがった。
蒸し暑い夏の夜、首筋にふと覚える不快な感触。ただの自分の髪の毛だと思っていた「それ」の正体とは――。
※虫や不快な感覚の描写が含まれます。苦手な方はご注意のうえお楽しみください。
髪の毛かと思っていたら違った
じっとりと肌に張り付く熱気と、遠くで響く蝉時雨。古い木造アパートの自室で横になっていた夜、不快な感触で目が覚めた。
首筋に、かさりと何かが触れている。
自分の長髪が触れているのだろう。そう思い、手で払い落とそうとした。しかし、指先に触れたのは、髪の毛にしてはあまりに太く、異様に生温かい「なにか」だった。
シャリ……シャリ……
耳元で、湿った硬いものが擦れ合う音が響く。蝉の声ではない。床下から、あるいは壁の隙間から這い出てきたような、執拗で不快な音。
暗闇に目を凝らす。 首元から胸元へと滑り落ちていく黒い糸状の塊。それは一本一本が蠢き、蠢くたびに**シャリ……シャリ……**と音を立てていた。
息をのんで手を伸ばし、それを掴み上げて部屋の街灯の光にすかした。
髪の毛ではない。
それは、無数の細長い脚をくねらせる、見たこともない黒い虫の群れだった。そしてそれらは、私の体表を這い回りながら、互いの関節を擦り合わせて「夏の羽音」の振りをしていたのだ。
次の瞬間、耳の穴へ、口の中へ、一斉にシャリシャリと音を立てて潜り込んでいく。
網戸越しに聞こえる本物の蝉の音が、遠ざかっていった。
【著者あとがき】
この物語をお読みいただき、ありがとうございます。
……ところで、首筋に感じるその微かな痒み、本当にただの髪の毛でしょうか?
どうぞ、そのまま触れずにいてください。正体を知ってしまった時、彼らはもう、あなたの耳元まで届いているはずですから。




