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クラスのアイドルは俺にだけ嘘をつく  作者: 砂糖流


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8/10

8話 握手会

 やってしまった……嬉しさで感極まってあんなことをしちゃうなんて……。


「青澄。サビ前のセリフって確か『みんな大好き』だったよね?」


 ライブ後の楽屋で一人反省会をしていると、赤音がそんなことを訊いてくる。


 私はメンバーの皆には誤魔化そうと思った。


「うん。間違えちゃっ――」


「違うでしょ」


 だけど、私が言い切る前に指摘してきたのはメイク直しをしている紫乃だった。


「あんなんどう考えても一人のファンに向けてでしょ」


 それを訊いた赤音が瞬時に理解する。


「えっ。あの六刀流青年?」


「そうそう」


「やば。最高のファンサじゃん」


 もう誤魔化すのは不可能だった。


 近くで萌黄と心緑も会話を聞いていたから、完全に逃げ場はなかった。


「で。どうなの? 青澄」


 目を見合わせてくる赤音から私は即座に目を逸らす。


「もう……そんなんじゃないから……」


 顔が熱い気がする。まだライブの緊張が抜けてないのかもしれない。


 私はその後も茶化してくる紫乃と赤音を回避しながら、次の準備を進めた。


 ◇◇◇


 やってしまった……。


 ルミナスが登場した瞬間に、興奮のあまり持っていたペンライトを全解放してしまった。


 約二時間のライブが終わって俺は一人悶えていた。ライブ後に苦しむファンなんて他にいるだろうか……いや、いないな。


 それに流川さんには確実に俺の存在がバレた。その証拠にサビ前彼女から最大級のファンサを貰った。


 ただの勘違いの可能性もあるけど、自分が目立っていたことに変わりない。


 それに本当にヤバいのはここから。この後、なんとルミナスの握手会があるのだ。


 ライブ後の余韻に浸りながら、嬉々として握手会へ向かうファンの中で、唯一俺だけは足を止めていた。


「それにしても今日のあすみんエグ可愛かったなー」「それな。俺、推し変しよかな」


 歯を食いしばりながら、出口の方向へ体を向ける。


 さすがに今日ははしゃぎすぎた。紫乃ちゃんには悪いけど、ここでお暇させてもら――


 出入り口に一歩踏み出した瞬間、スマホが振動した。


 きっと今見るような内容ではないだろうけど、なぜだか見なければいけないと直感で思った。


『逃げないでね』


 そして案の定、そのLINEは推しからのメッセージだった。


『なんのこと?』


 手を震わせながらなんとか返信する。


 多分実際に対面で話していたらえげつないどもり方をしていたと思う。


 LINEで良かったと早すぎる安堵を覚えていると、その安堵は一瞬で霧の中に消えていく。


『こっち見ろ』


 何せ、背中から有り得ないほどの悪寒を感じたからだ。


『もう手遅れだから』


 そんなメッセージと共に背後に目を向けると、握手会のスタンバイをしているあすみんがこちらを鋭い視線で見つめていた。


 推しの視線は完全に俺を捕らえていた。


 どうやらもう詰みのようだ。無駄な足掻きはしない方が得策だろう。


 俺は意を決して、握手会へと足を進めた。


 ◇◇◇

 

「六刀流の人!」


 赤色担当の赤音ちゃんから握手しながら叫ばれる。


 早速変なあだ名が付いてる……。


「青澄のことが相当好きじゃないとあそこまでできないよ! 凄いね!」


 ――にぎにぎにぎにぎ。


「一人でペンライトを六本も持ってくるなんてねー」


 ――にぎにぎにぎにぎ。


「五色ならまだ分かるけど。全て同じ色ってのも――」


 ――にぎっにぎっにぎっにぎっ。


 そこから続けて、心緑ちゃん、萌黄ちゃんと全員からペンライトについて触れられた。


 そして残すは二人――紫髪の大人っぽく艶かしい雰囲気を醸し出している紫乃ちゃん。その横には笑顔でファンと握手を交わすあすみん。


 俺はそんな状況に、焦りながらハイネックに顔を埋める。


 紫乃ちゃんは俺の顔を見るや否や手を差し出した。


 紫乃ちゃんのしなやかな手が俺の手を包む。


「…………」


 会話はなし。


 なんとも言えない気まずさがあった。


 整いすぎている紫乃ちゃんの瞳が俺を捕らえる。


 それから目を離すことはできなかった。それと、手も。


 10秒、20秒、いや、30秒はそのまま手を繋いでいた。


 アイドルの握手にしてはあまりにも長い握手だった。


 ファンの俺から指摘するのも場違いだと思ったので何も言わないでおくと、そこからまた数秒が経って、紫乃ちゃんは優しく手を離してくれた。


 とは言っても離し方も妙に艶かしい感じだった。


 何かを企んでいるような、そんな気がした。


 そしてとうとう推しの順番が回ってくる。


 どんな反応をされるだろうか……何を言われるだろうか……。


 様々な疑問が頭を駆け巡るが、前に進まないと後ろが詰まるので恐る恐るあすみんの前で立ち止まる。


 だが、目の前の推しを直視することはできなかった。


 視界には見慣れたスニーカーと、自信なさげな自分の手。


 差し出していた自分の手が推しに包まれて、合法的な握手が始まる。


「今日はありがとうございました」


 そう思った矢先、義務的な握手はすぐさま切り上げられた。


 約2秒。


 たったそれだけの時間で推しとの握手会は幕を閉じた。


 最後その場を離れる際、一瞬だけ推しの顔を確認すると、頬を膨らませているあすみんがいた。だが、後ろのファンが来るとすぐさまいつものクールな表情に戻り、握手会を再開する。


 俺とは違い、しっかりした規定時間で。


 俺は思った。今回の出来事はもっと重く捉えるべきだった。


 俺は、推しから……流川さんからファンだとバレて嫌われたのだ。

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