6話 秘密
ニヤリと微笑を浮かべる紫乃ちゃんは教室に入ると、こちらに近づいてグイッと距離を縮めてきた。
同じ人間とは思えない透き通った肌が間近で感じられて、思わず距離を取る。
どうしてこんな所に来たのか……そんなことよりさっきの『最近青澄のパフォーマンスが良い』とはどういうことなのか……。
様々な考えが頭を駆け巡る。
聞きたいことは山ほどあったはずなのに、口から出た言葉は一言だけだった。
「流川さんはどうしたの?」
「青澄ならレッスン行ったよ」
いつものような毅然とした態度の紫乃ちゃんは、俺の方に一歩近づきながら続ける。
「それよりさっき、私のこと『流川さん』って言ったよね?」
俺は一歩後ずさりながら無言を貫く。
どう誤魔化そうか思考を巡らせる。が、その間に、一歩、また一歩と、壁に追いやられる。
数秒程度でとうとう背中に壁を感じて、逃げ場を失う。
目の前で立ち止まった紫乃ちゃんは、ジーっと俺の目を見つめていた。
まるで全てを見透かしているかのような紫乃ちゃんに、俺はこれ以上彼女に誤魔化しは利かないと思った。
もう正直に全てを話すしかないようだ。
「君――」
そう思った矢先、まさかの紫乃ちゃんから口を開く。
「青澄のこと好きでしょ――アイドルとして」
それも内容は驚くものだった。
最後に『アイドルとして』と付け加えてくれたのがせめてもの救いだろう。
一体全体どうしてそんなことを訊いてきたのか……そもそもどうして俺と流川さんの関係性を知っているのか……。
疑問で脳が支配される。
何を答えても地雷な気がした。
逡巡していると、答え合わせをするかのように彼女が表情を変える。
そして、
「愛してるよ。小林」
「っ!?」
先週、流川さんと最後に交わしたやり取りが再放送される。
それが示す答えは――あの時、あの場に紫乃ちゃんがいた。
「見てたんですか?」
恐る恐る聞くと、彼女は首肯する。
「最近青澄の様子がおかしかったから、試しに跡をつけてみたんだけど、君とここで会ってるのを見つけてね」
あの日の一部始終を見られていた。
つまり、逃げ場はない。そう。壁に追いやられている今の状況と一致していた。
「っていうか君……昔、私たちのライブよく来てたよね?」
もうこれ以上は何もないだろうと勝手に安堵していた俺は、またしても度肝を抜かれる。
「…………」
答え合わせをする気はないと言わんばかりに無言を貫くが、紫乃ちゃんは構わず続ける。
「初めは気づかなかった。見覚えあるなーとは思ってたけどそういうことだったんだ」
まさか認知されているとは思ってもみなかった。その証拠に流川さんは気づいてないみたいだし。
「青澄は気づいてないの?」
「うん。多分……」
とはいえ、実際本人の口から聞いたわけではないので確実ではない。
「ふ~ん。なら君は、自分がファンだということを青澄には言ってないわけだ――君は青澄に嘘をついているわけだ」
ことごとく核心をついてくる紫乃ちゃんが、今は恐ろしく感じた。
それでも尻込みするわけにはいかなかった。
メガネという名の鎧で平常心を保ちながら、自ら口を開く。
「確かに俺は流川さんのファンだ。君のファンでもある。だけど……恋愛的に好きになることは絶対にない。断言する」
ずっとそこの境界線だけは超えないようにしていた。
それを超えてしまえば、正しく不純な関係に成り代わってしまう。
「ふ〜ん。まぁ、どっちでもいいけど」
それを聞いたアイドルはというと、まるで興味がなかった。
「それより小林くん。今度私たちのライブがあるのは知ってる?」
本当に何が目的なのかが微塵も読めなかった。
ライブに関してはもちろん知っている。
でもそれをバカ正直に答える気にはなれなかった。
「別に取り繕わなくていいよ。もう全部分かってるし」
「なら、知ってる」
何なら、チケットを取ろうとしていたくらいだし……まぁ、あまりの倍率の高さにチケットは取れなかったわけで……。
「はい。これ――」
突然目の前の紫乃ちゃんが、一枚の紙きれを取り出す。
無論、ルミナスのライブチケットだった。
「これでライブ姿の青澄を見てあげて」
ライブチケットは一人のファンの手に渡る。
でも、
「どうして俺に……」
「それはねー」
言いながら背を向ける紫乃ちゃん。
彼女は扉方向へ歩きながら言った。
「君が好きだから」
「えっ……」
本気で言葉を失う俺。
紫乃ちゃんの背中を眺めながら困惑していると、聞き覚えのある言葉が耳に残る。
「まぁ、嘘だけど」
流川さんの真似をしたつもりなのだろうか。
嘘つきの彼女は扉を開けて、首だけこちらに向ける。
「でもこのこと青澄には秘密ね。バレたら私が怒られるから――じゃ」
扉が閉められ、再度空き教室には静か過ぎる静寂が流れた。




